第三楽章

第32話

〈独白〉



雪宮ぴあのの弾くピアノが好きだった。10歳にも満たない女の子が奏でているとは思えない、あのカミソリのように鋭い音が、自分を切り刻もうと真っ直ぐに飛んで来るのが好きだった。



剥き出しの敵意は俺に対する本人の態度そのもので、その裏表のない痛いくらいに真っ直ぐな音色は聴いててむしろ心地よかった。



だからぴあのは一度も俺に勝てなかったんだと思う。彼女の弾くピアノが攻撃的だからじゃない。





彼女の音がいつだって、全部俺に向けられたものだったからだ。





俺はそんな彼女のピアノが聴きたくて、敵意のままでいいから彼女の意識が自分にずっと向いているように死ぬほどピアノを弾いた。実際弾くのが楽しかったのもある。



だから、彼女がピアノを辞めたと知った時はかなりショックだった。もうあの音を聞けないなんて受け入れたくなかった。



でも音楽まで辞めたわけじゃなくて、安心した。ベースを片手に歌うぴあのの音楽はあの頃と何一つ変わってなくて、ぴあののままで。



ただ、その音が向けられる相手は俺じゃなくなっていた。



ぴあのはもう俺を見ていない。



オーストリアに行かなかったら、ずっと見ててくれたかもしれない。



いや、違うな。ぴあのがしていたように、俺も彼女だけに向けてピアノを弾けばよかったんだ。



そしたら何かが違ったかもしれないのに。






〈独白〉

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