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第10話

あれから、一ヶ月半が過ぎようとしている。

 誠に幸いな事に、二人は一命を取り留めた。だからといってカシミーアの腕がくっつく訳でもなく、心に大きな傷を負ったと思われるカタールが侍従の仕事に戻れた訳でもなかった。

 カタールは幸い、怪我自体は大した事がなかった為に早い段階で命に別状はないと知らせを受けた。一方のカシミーアは予断を許さない状況が長く続き、つい先日漸く小康状態に入ったと知らせを受けた。早い話が、やっと意識が戻った、というものであった。

 ミーシャは毎日二人が治療を受ける病室の前まで見舞いに行ったが、顔を合わせる勇気がなく、部屋の前の廊下に蹲って中の様子を耳で窺った。要領を得ない事を呟くばかりのカタールの声を聞いている事が苦痛で堪らなかったが、自らの罪の代償としてそれを毎日聞き続ける。日に日に対話が為せるようになっていくカタールに涙しながら、耳からでは生きている事の確認が出来ないカシミーアに不安を募らせ涙ぐむ、そんな一ヶ月半だった。

 二人が何とか意識を取り戻したところで、ミーシャは大きな仕事に向かう事になった。

 伯爵はこの一ヶ月半、慎重に仕事の精査を行っていたようだったが、昨日、とうとう決断をした。

「明日、決行する」

 伯爵はミーシャの部屋を訪ねて来て、そう言った。

 誰を殺すのか、それをミーシャが知らされる事はない。ミーシャはただ頷いて、明日の仕事に向けて意識を集中させるだけだ。

 万が一の事を考えて、ミーシャはカタールとカシミーアに手紙を残す事にした。生き残れたなら勇気を出して会いに行こうと心に決めているが、今彼らの姿を見てしまったら明日の仕事に差し支える。確実に、差し支える。ミーシャは自らの責務として、生き残る為の最善の努力をせねばならない。

 二人への懺悔と感謝をなんとか知った文字だけを駆使して文章におこし、残す。そして寝台に転がって天井を見つめながら、自らの心を落ち着かせる為に瞑想を始めた。心を落ち着かせて望む事が最大の防御になると学んだミーシャは、失敗してからこちら、仕事の前にはこうして、ぼんやりとする時間を大切にする事に決めている。

 つらい事があった時には、碌な事を考えない事は分かっている。だから意識的に、喜ばせたい人々の事を想うようにしている。ミーシャが生き残る事で喜んでくれる顔は、これまでに仕事をこなす中で幾つも見て来た。その一つ一つを思い起こし、今度もまた、と強く思う。

(僕が大きな仕事に成功したら、カタールとカシミーアも喜んでくれる)

 助けて良かったと、思って欲しい。助けた甲斐があったと、笑って欲しい。彼らに報いるには、ミーシャの価値を上げる、これしか出来る事はない。

 仕事を終えた時、まず真っ先に目にする事になるのは伯爵の顔だ。

 伯爵は自身の仕事を終えると、ばっとこちらを振り返る。ミーシャがきょとんとした顔をしていればいる程、嬉しそうに子供のように笑った。その笑顔が一つ、楽しみとなっている。

 早朝、ミーシャは禊をして、カロンに連れられて見慣れた扉へと向かう。

 室内はいつも通り薄暗くて、闇に溶けてしまいそうな感覚に陥る。だが、真っ直ぐに進むと伯爵が待っている事を知っている今のミーシャは、闇を不安に思う事もない。ただ淡々と、粛々と、伯爵の前へと進む。

「慣れたものだなぁ」

 伯爵の軽口が飛んでくる。ゆらり、と揺れる蝋燭の灯の中、ミーシャは危なげなく伯爵の目の前に立つ。

「生贄のプロって呼んでよ」

「言ってろ」

 ははと笑う伯爵だったが、軽口に覇気がない。今日の仕事がまた一つ、ミーシャにとっての山となる事に対する伯爵の不安を肌で感じた。

「伯爵がそんな様子だと、緊張してくるんですけどー」

「そんな様子ってなんだ。いつも通り、私の仕事は完璧だ」

「僕の仕事だって完璧だ。ぜーんぜん、死ぬ気しない」

 伯爵はミーシャに向かって手を差し出した。その手をとって、自らが座すべき場所へと誘導されながら、ミーシャは笑って続ける。

「緊張してるでしょ」

「してない」

「手が冷たい」

 くすくすと笑いながら言うと、伯爵はミーシャが座った事を確認してから手を離し、苦々しく言う。

「えらくなったもんだな。余裕じゃないか」

「カタールとカシミーアの事があってからこちら、自分の命を懸ける事なんて、ほんと大した事ないなと達観した」

 黙する伯爵に、ミーシャは続ける。

「痛い訳じゃなし。むしろ伯爵が、……あんま言いたくないけどキラキラと綺麗で、風が気持ちよくて、朝日が眩しくて、ここって、とても美しい。僕が見て来た世界のどこよりも、ここって美しい場所なんだよ。僕自身は伯爵の横にいるだけで、綺麗だな、気持ちがいいなと思ってたら仕事が終わる訳で。死ぬかもって言われても、本当に、へえ、って感じで。こんな美しい所で、美しいものを眺めながら、気付いたらことんと死んでるかもだなんて、伯爵には悪いけど、最高」

 伯爵が苦い顔をした、ような気がする。

 ゆらりと揺れる蝋燭の灯を見つめながら、ふふとミーシャは笑う。

「いやでもさ、死ぬ気はしてないよ、本当に。カタールとカシミーアに、命を懸けて良かったって思わせたいから、守ってもらっただけの働きで返したいと本気で思ってるから、死にたいとか思ってるわけじゃなくて。なんていうか、僕は緊張してませんよっていう報告」

 ミーシャは風を感じるように一度目を閉じ、蝋燭の揺らぎを確認する。風が強くなって来ている。間もなく日が昇るだろう。

「一方の伯爵はえらく緊張されているみたいだけど? よしよし、慰めてあげよう」

 ひひと笑いながら、ミーシャはわしゃわしゃと伯爵の頭を敢えてぞんざいに撫で回す。ぼさぼさにしてやろうと、はりきって掻き回す。

 ミーシャがカタールとカシミーアの姿を最後に見た時と同様の衝撃を、伯爵は生贄の死を目の当たりにする事で何度も受けて来たのだろうと推察する。

 仕事を終えて振り返った時に、生贄が死んでいる。ある程度覚悟をしていても、その落胆は、苦痛は計り知れない。その死体を抱き上げて、自ら外に運び出す時、伯爵はいつもどんな事を考えているのだろうと思う。仕事をする度に向き合わなければならない責苦は、ミーシャのように態度を改める事で再発を防げるようなものではない。生贄が生き残る度に安堵して、安堵して、でもやはりいずれ死ぬ生贄の少女達に、ああやはり、ああまた、と伯爵は落胆と共に奪った命への懺悔に苦しむのだろう。

 何度死ななければ、死なない生贄となれるのかミーシャにも分からない。

 今回は助かった、また助かった。しかし次は、その次はと常に不安を与えている事に対し、それを取り除いてあげる為に何が出来るのだろうと考える。絶対に死なないと、いつどの段階になれば、どの仕事をこなせれば安心を与えてあげられるのか、ミーシャには残念ながら正解が分からない。

「生き残るよ、としか言ってあげられないけど。根拠なく安心していいよとしか、言ってあげられないけど」

 側で支えてくれたように、今度は支えになってあげたいと思うのに、それが出来ないもどかしさがある。

 ミーシャは振り払われる事のない、伯爵の頭の上に乗せた手を今度はゆっくりと動かし、その頬を撫ぜる。手だけでなく、その頬もやはりひやりと冷たかった。

「褒美も先払いで、貰っちゃった事だしさ。絶対に報いるから、安心していいよ」

「……子供に慰められるようじゃ、この私もお終いだ」

 ふん、と鼻を鳴らしてミーシャの手を振り払った伯爵の顔が、はっきりと見えた。朝日が、昇る。

 根拠を提示しようがない事を、伯爵もまた理解している筈だ。それを示せとは、流石に言われなかった。

「私は、美しい」

「……は?」

 唐突に言われて、ミーシャは眉根を寄せて聞き返す。

「美しかろう。芸術的だ」

 堂々と踏ん反り返られると腹が立つが、確かに、美しい。

「……まあ」

 渋々認めるミーシャに、伯爵は日を背負い、眩しい程の笑顔をこちらに向けた。

「眺めていろ、この美貌。他の事など何も考えなくて良い。ただ、この輝きに見惚れていろ」

 ーー眩しい。

 ミーシャは、目を細める。

 自信家なようで、実は神経がか細い。自分に自信を持つために、そうあろうと自分を鼓舞する姿が、愛おしい。

 朝日にきらきらと輝く黄金の髪は、日を反射する波のようにゆらゆらと揺れ、自分を奮起させようとする目が力強い。弱い心を隠すように自分を奮い立たせようとする時の伯爵は、抱きしめたくなる程に愛おしく、弱弱しく、しかし、心強い。自分も激励されている気分になって、モチベーションが上がって来るのを感じる。

 何故か妙に「ありがとう」と言いたくなって、ミーシャは唇を噛む。今それを言うと命を諦めたと思われるような気がして、生き残ってから言う事にした。

「息をのむ程に、綺麗ですよ」

 苦笑しながら言うと、伯爵は一瞬目を丸くしたものの、可笑しそうに言った。

「心をここに留めておく為にある美貌だ。とくと眺めろ。天に昇るよりも美しい景色は、私が見せてやる」

 はい、とミーシャが小さく笑う前で、ふっと蝋燭の灯が消える。

 意を決したように目を閉じた伯爵の口から、呪文のような言葉が漏れ始めた。


 燦爛たる目の前に広がる景色は、心に焼き付けたくなる程に美しい。

 ミーシャは言われた通り、ただ、伯爵だけを見ていた。

 人に呪いをかけているのではなく、赦しを与える天の遣いのように神々しい。

(この人の美貌が生贄の為にあるのは、強ち間違いではないのかも)

 心の底からそれに見惚れている間は、他の事は何も考えずに済むような気にさえなる。それが生贄の為にあるとするなら、伯爵の美貌は、今はミーシャだけのものだという事だ。この景色を視認する権利があるのは、命懸けでこの場に臨む生贄、だけ。

(面白い人だよなぁ)

 ミーシャはぼんやりと思い、一人薄っすらと笑う。

(こんな不器用な人も、いるんだな。伯爵を一言で現すなら、なんだろう。強がり、自信家、幼稚?)

 怒られるな、と思いながらミーシャはつい声を上げそうになって、居住まいを正す。ミーシャが何を考えていようと自由だが、邪魔は出来ない。

(僕にとっては救世主、命の恩人、支えてくれた人、だけど。なんか手を差し伸べたくもなるんだよなぁ)

 割と弱いもんなぁ、と独り言ちながら、ミーシャは伯爵と出会った日の事を思い出す。随分と長く一緒にいるような気になっているが、まだ一年も前の事ではない。

(あれ、もしかして僕、そろそろ十五になるんじゃないの)

 ふとそんな事を思い、ふふとほくそ笑む。次からは「もう十五だ!」と言って差し支えない気がする。

 伯爵と軽口を叩き合うのが、楽しい。大人だと言い張るくせにむきになって言い返してくる伯爵を見るのが、実は楽しい。むっとする事もあるけれど、それでもついまた、軽口を叩きたくなる。

(気に入ってるんだよな、この生活)

 暮らしが楽だとか、食べ物が美味しいであるとか、勿論それもある。充実した暮らしが心の余裕を生み出しているのかもしれないが、伯爵がいて、カタールやカシミーアと他愛もない話を出来る事が、笑っていられる事が、嬉しくて幸せで。

(勿体ないよね、死んだら)

 死にたくないなと、思うようになったのはいつからであっただろう。死ぬ事が怖くないのは本当だが、いつ死んでも良いとは思わなくなった。現世での幸せというものを目一杯享受してみたいという気持ちが、いつの頃からか強くなっていったように思う。

 二人の侍従に謝らなければならないし、伯爵との約束を守り、ほっとさせてあげたい。安らぎを与えてあげたい。

 ふわりと伯爵の髪が跳ね上がり、天に羽ばたいて行ってしまうのではと疑う。くっと伯爵が顎を持ち上げるようにして天を仰ぐ。伯爵がずっと固く閉じ続けていた目を薄っすらと開くと、この世とは別の世界の景色を見ているのではと思えた。遥か遠い世界を見るかのように、一点だけを凝視する。

 ふっと声が止まった瞬間、来る、とミーシャは直感的に思った。

 呪いは、投げられた。

(返って来る!)

 ミーシャは座ったまま両足を踏ん張り、全身に力を込める。目をかっと見開き、すうっと再び伯爵の目が閉じられていくのを見た。その目が閉じられた瞬間、「怨」と伯爵のものとは思えぬ程低い声が、ずしんと降って来た。

 急激に冷え込んで来る。日が高くなっていっている筈なのに、落陽のように薄暗くなっていく気がした。風が強く吹荒れ、ミーシャを取り巻くように渦を巻き始めたのが分かる。

 懐かしい感覚だな、とすら思った。

 初めて呪いを返した時に覚えた感覚は、二度目以降すっかり感じられなくなっていた。何事も起こらず、ただ座している間に終わっていた。それが呪いを返す事への慣れであったのが、仕事の「重さ」が軽かったせいなのか、ミーシャ自身にも理由は分からないが、何度となく仕事こなして来た中で、この感覚は随分と久しぶりだ。伯爵が心配していた通り、簡単な仕事ではない、という訳だ。

 沸々と、肌が泡立つような感覚がある。じりじりと灼熱を受けているような、凍るような冷気に細胞が死滅していくような、よく分からない痛みに眉を潜めた。吐き気のように腹の底から湧き上がって来るものがあり、それが息をする事を許さぬように喉の奥の方で閊えて止まる。

 ミーシャは体を抱きしめるように丸くなり、足を開く。吹き飛ばされてなるものかと前屈みになり、膝の間に頭を入れるようにして身を小さくするが、下から吹き上げるような風に、いずれ天へと吹き飛ばされるのではとひやりとするものがある。

 徐々に薄暗い気持ちになって来るのを堪えるように、ミーシャは薄っすら目を開き、伯爵を見上げようとする。

 日はどこへなりを潜めてしまったのか、辺りが薄暗く感じる。本当に暗くなってしまったのか、ミーシャの目が良く見えていないのかは分からない。意識を伯爵へ、伯爵へと集中させると、声が聞こえる気がした。呪いはまだ続いているのか、ミーシャに声をかけてくれている訳ではないようであったが、確かに声はまだ辛うじて聞こえる。

(暁光だ)

 ミーシャは、唇を噛むようにして、薄っすらと笑う。

 伯爵を一言で現す言葉を、今、思いついた。

(あの人が現れたあの日から、世界が輝きだしたんだ)

 光の見えない退屈な筈の世界が、艱苦を舐めて終わる筈だった未来が、ミーシャにとって当たり前だった世界が、色を持った。その容姿の美しさもあってか、伯爵はミーシャの目の前に現れたあの日から、ミーシャに光を与える存在となった。きらきらと眩しく輝く、光そのものだ。

 目を開けろ、とミーシャは自分を叱咤する。

 ミーシャの光は、暗闇の中にあっても尚強い輝きを放ち、ミーシャを導く筈だ。ミーシャを、連れだしてくれる筈だ。

 吹き荒れる風に、体全体が殴られているようだった。前から後ろから、とにかくどこが痛いのかも分からない程全身が痛い。瞼を攻撃してくる風に目を開ける事が出来ず、ミーシャの額からは焦りに比例するように冷や汗が浮かぶ。痙攣を始める体を押さえ込もうと強く強く我が身を抱きしめてみるが、抑え込む手が震えて効果がない。

 息が出来ない。

 喉の閊えが取れず、浅い呼吸を必死で繰り返して息を吸う。何とかして目を、と思うが、瞼を攻撃されて目が開く筈がなかった。意志だけではどうにもならない。

 ひゅ、と喉が小さくなった。息が苦しくて苦しくて、頭が回らなくなって来ると、意識が朦朧としてくるのが分かった。

(まずいまずい、ーーまずい)

 ミーシャの体が、寒さを、暑さを、痛みを感じなくなってくる。闇に体の輪郭を奪われていくように自分の存在が希薄になっていき、唐突に体が軽くなり、浮かぶようであった。

 昇天って、これだ。そう思った。

 まさに浮かび上がって空に溶けるよう、このまま消えてなくなれるのは幸せだとさえ思える心地の良さ。死は唐突に優しい顔をしてそっと手を差し伸べてくるのだと、ミーシャがひやりとした、その瞬間だった。

 急に体を現世に押しとどめられたような気がした。昇り行く足を掴まれたような、引き戻されたような気がして、反射的にミーシャは目を開いていた。胆力ではどうにもならなかった筈の目が、刮目を思い出したかのように急に、あっさりと開く。

「……伯爵」

 その姿は見えなかったが、開いた目が捉えたのは、光だった。眩しき真っ白な世界が現れて、そこに後からゆっくりと、人らしき輪郭が見えてくる。波のような髪が、きらきらとミーシャの世界を照らしながら揺れる。

「……仕事、ちゃんと終わった?」

 ミーシャは、伯爵に抱きかかえられている事を認識しつつも、まだ感覚の戻って来ない体を持て余す。指先一つ動かないが、かろうじて言葉は出た。徐々に目が光に慣れてくる。

「私が、しくじる訳がなかろう。この私を誰だと思っているんだ」

 ふっと、ミーシャは力なく笑う。

「声、震えてますよ」

「うるさい」

「ほら、生き残ったでしょ」

 殊更に軽く言ってみたつもりだが、我ながら声に覇気がない。どっと体が自重を思い出すと、今度は重くて堪らない。

「死にかけてた奴がよくもまぁ、えらそうに」

「あ、助けられた感じ? 自力で生き残ってやったって思ったのに」

 うつらうつらと、ミーシャは猛烈な疲労と睡魔から、意識が混濁してくるのが分かった。意識が吹っ飛びそうになる感覚は先程覚えたものとなんら変わりなかったが、もう息が出来ないという事はない。

 伯爵が何か言ったような気もしたが、よく聞こえなかった。

 ミーシャは意識を手放す前にと、頭を決死の思いで前に倒し、こてん、と伯爵の肩の上に額を落とした。

「ーーありがとう、伯爵」

 これだけは、言っておかなければ。

 何に対して、という事ではない。全てにおいて、感謝している。

 ミーシャは、何とか言葉を紡ぎ出す。このまま死ぬと思った訳ではないが、今、思い出せる限りの言っておきたい事を言っておかねばと、何故か思った。

「伯爵、にも、安寧が、あればいいの、に」

 伯爵の返事が、聞こえない。

 自分が何を言っているのかも、ミーシャには最早分からなかった。目を閉じても眩しいミーシャの光は、生き残ったミーシャの瞼の裏でも煌々と輝いている。失われる事なく、光っている。

「僕、特別になりたい。ーー伯爵の、特別に、なって、あげたい」

 死ぬのではと恐れさせることがないものを、あげたい。

 ミーシャは意識を手放しながら、小さく笑った。

「ぼく、もう、十五、ーー」

 ミーシャはゆっくりと、心地の良い光の中で目を閉じた。

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