第12話

周りの音は、私の気持ちを高ぶらせる。テンションはどんどん上がり、今にも走り出したい気分だ。

「ねぇ、本当にいいの?疲労で倒れたばっかりだよ?」

「それ三週間以上前だよ。大丈夫大丈夫」

軽そうにスキップをしてみせるけど、心はずんと重く、体調がいいとは言えなかった。

そんな中での、テーマパーク。人生最後の好きな人との思い出作りに来た。覚えていられなくなるのだけど。もしかしたらもう、別れを告げるころには忘れてしまっているのかもしれないけど。

「ほら、カチューシャつけようよ」

謙介くんの手を取り、指を絡めて近くのショップに入ると、太陽の眩しい光とは別の、暖色系の光が私たちを暖かく迎え入れてくれた。

「どれにする?」

「んー……」

棚にずらっとかけられた、キャラクターの耳のカチューシャを上から下まで眺める。どれも可愛くて、悩んでしまう。こんなに悩むものなのかと、辺りを見渡すと、他の人たちも同じように悩んでいるようだった。周りの人と大差ない自分に少しほっとした。

「どれが一番似合うと思う?」

結局自分じゃ決められなくて、謙介くんに投げた。どれになっても後悔はないし、むしろ少しの間はこの日を思い出す、貴重な思い出の品になると思った。

「緋鞠はなんでも似合うもんな」

「ありがとう、嬉しい」

バカップルのような会話を交わしながら、しばらくカチューシャの前で実際それを手に取ったり合わせてみたりして、きっと平均よりも少し長い時間そこに滞在していた。

「やっぱり、これが一番似合ってるね」

レジでタグを切ってもらい、お互いがお互いに選んだカチューシャをつけた好きな人を見る。

外に出ても相変わらずかっこよくて、カチューシャをつけたことにより可愛さも増した謙介くんは、キラキラした限定のものよりも、三角帽子を被った主人公がモチーフの定番のものがよく似合っている。

キラキラにキラキラを重ねると、神々しくて見えなくなってしまう。キラキラが強くなって、謙介くんを引き立てすぎてしまう。

だからこれくらいが、彼をよりかっこよく見せるのにちょうどいい。

「緋鞠も似合ってるよ」

「ありがとう」

私は花かんむりのついた、耳付きカチューシャを選んでもらった。パステルカラーの花が可愛くて、好きな人に選んでもらったということもあり、一瞬でそれはお気に入りになった。

「それにしても、なんもなくて本当によかったよ」

アトラクションに並んでいると、不意に謙介くんが言った。「そうだね」と返しておきながら、嘘をついていることに心が痛む。謙介くんが、私の事を愛おしそうに、大事そうに見つめるたび。

夏休みのテーマパークは、人で溢れかえっていて、並ぶ時間はだいたい百二十分越えのものが多い。学生の私たちには、アトラクションに早くありつける有料チケットを買う選択肢はなくて、ひとつ乗る度に数十分、数時間立って並び続けなくてはいけない。

「これ乗ったら、どこ行こうか」

専用アプリで混み状況を確認しつつ、一歩づつ前へ進む。

水の中を旅するもの、空の旅をするもの、宇宙へ冒険へ出かけるもの。キャラクターとのグリーティングも捨てがたい。

「謙介くんは?行きたいところある?」

「僕はね、これに乗りたいな」

そう、画面を大きくしてそのアトラクションを見せてくれる。百分越えのものを見てきた上で見たその待ち時間は、五十分。やけに短く感じた。

「いいね、行こう」

ご飯は何にしよう、いつ頃にする?このアトラクションも捨てがたいよね。そんな話をしている間に時間は過ぎて、小物や貴重品はカバンの中へしまってください、という旨のアナウンスが流れ始めた。

人数をカウントされて、スタッフの人に並ぶ場所を指定されて、空いた席に乗り込む。

割とあっという間で、何を話したのかはあまりよく覚えていなかった。それが雑談だったが故になのか、病気のせいなのかはわからないけど、今日は前者だと思っておこう。

「それでは山の旅へ、行ってらっしゃい!」

明るくて元気なスタッフさんが手を振るのを見て、思わず手を振り返す。テーマパークで手を振る人の気持ちがよくわかった。手を振り返したくなるほど、この時間が楽しいということだと。

百二十分待った中で乗ったアトラクションは、体感三十秒で終わってしまった。なんだか、スリルはあったけど呆気なく時間が過ぎる。もちろん楽しかったことに間違いはないのだけど。

「行こっか」

自然と手を繋ぐ。暑いとか、そんなの関係なかった。触れ合っている時間が幸せで、そんな幸せな時間が終わる早さをジェットコースターが表しているような気がした。

トートバッグにしまったカチューシャを身につけて、次の列に並ぶ。いつもは味がしなくて苦手な水も、今日は照りつける太陽の下だからか美味しく感じた。

「修学旅行もこんなふうに、二人で回れるかな」

当たり前のように、私が隣にいる未来を想像し、話す姿に、もう本当のことを言って、それでもそばにいて欲しいと伝えてしまおうかと心が揺れる。好きだから、離れたくない気持ちが心をいっぱいにする。

秋なんて来なければいいのに。

謙介くんの前では言えない気持ちを、次に乗った世界観を楽しむことが目的とされた緩やかなアトラクションでは発散できなくて、引かれるほど激しいフリーフォールに並び、叫んだ。いっそのこと嫌われて別れを告げられた方がマシだと思って、全力で叫んだ。

「お昼にしようか」

お互い酔う様子もなく、そのまま近くのカフェ風のレストランに足を運び、ちょうど空いた席にハンカチを置いて列に並んだ。

お昼時をすぎていたこともあってか、思ったほど並んでいなくてすぐに注文ができた。

「こういうところのご飯って美味いよな」

「うん。なんでだろうね」

レジを通り過ぎた先で渡された食事にもキャラクターが隠れていて、食べるのがもったいないほど。

イスに座り、氷の入った冷たいソフトドリンクを一気に吸い上げる。頭がキーンと痛むけど、それに優る幸福感があった。

それなのに、私たちが選んだ昼食は、温かいスープパスタ。謙介くんはクリームで、私はトマト。にんじんが型抜きされたキャラクターになっているのが可愛くて、思わず写真に残す。

「緋鞠、ついてるよ」

いただきます、と食べ始めてすぐ、謙介くんがそう、私の唇の端を親指で優しく拭った。

「ありがとう」

物語の主人公になった気分だった。こういうことは、私には訪れないと思っていた。こうして恋人ができても。私は今、謙介くんの物語のヒロインなんだと思うと、なんだか照れくさかった。

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