第1話 ~歪んだ法治国家~

 今から3年前、この日本では"アザトース"という集団が暗躍していた。構成員は判明しているだけで50名程とされているが、正確な数は誰も把握してはいない。

 この組織を簡潔に説明するならば、日本史上最悪の犯罪組織である。

 違法薬物、臓器売買、猟奇殺人。アザトースは人間が考えつく限り全ての犯罪を行っていたとされている。

 そんな組織の実在が知れれば、世間は阿鼻叫喚あびきょうかんの大混乱を招く。ゆえに凄絶を極めたアザトースの犯罪には強力な報道規制が敷かれ、世間にはアザトースの存在は固く秘匿ひとくされていた。

 だが組織の存在はある時──世間にあまねく知れ渡る事となる。

 3年前、突如として各報道機関にアザトースという組織のそれまでの所業と、"アザトースの首領は、公安の秘密組織によって殺害された"という謎の告発文が届けられたためである。

 これによって日本国民はアザトースという犯罪組織と共に、アザトースの消滅を認知する事となった。

 だが、アザトースは首領を失っただけで消滅した訳ではない。

 日本史上最悪の犯罪組織は、今この瞬間も水面下で捲土重来けんどちょうらいの機会を眈々たんたんと狙っているのだ。

 だから、これから必要になるだろう。


 奇々怪々な犯罪の真相を暴き出す──"探偵"が。

                            -雨倉御砂あめくらみさごの手記-


◇◇


 高校卒業を間近に控えた籠宮護かごみやまもるは、凡庸ぼんようで無個性な高校生だった。運動神経、学業成績、容姿。どれ一つとして秀でたものはなく、自身もそれを自覚していた。 

 自分のような人間は何処にもいる。日頃そんな事を考えながら生きる、今のご時世では珍しくもない若者の一人だった。

 放課後の学校を背に、護はゆったりとした足取りで家路につく。

「僕って、何をすればいいのかな……」

 無意識に護の口から、そんな言葉が出た。

「僕って、何の為に生きてるのかな……」

 護がはっとする。これほど厭世的えんせいてきな言葉が口をついて出るのは自分でも意外だったようだ。


「──ったく、辛気臭えな。お前」


 護の耳元に低い声が響いた。

 いつからいたのか、護の真横には同年代の男子学生らしき人物が歩調を合わせて歩いていた。

 護と同じ制服を着た、茶髪で長身の男子学生である。中央で分けた長い前髪からは、鋭い眼光がのぞいている。割と、美形な顔立ちをしていた。

 護は彼を認識すると瞠目どうもくし、同時に体を硬直させる。

「えっ? ……ん? え?」

「何の為に生きてるかなんざ、考えるだけ無駄だろ。俺もお前も自分の意志で生まれたんじゃねえ。親が生んだから生まれただけだ。そう思わねえか?」

「……もしかして、僕に話しかけてる?」

「当たり前だろ。他にいんのか? 何の為に生きてる、だとか言いながら歩いてるヤツがよ」

「いや……。そもそも君は──誰?」

「おお、良く聞いてくれたな」

 男子学生はそう言って一枚の紙切れを懐から取り出すと、護に差し出した。

「ほれ、名刺。俺の名前が書いてんだろ。唯根連市郎ゆいねれんしろうだ。よろしくな、籠宮護」

「は、はあ……」

 護はその"名刺"を戸惑いながら受け取る。名刺には連市郎と名乗った男子生徒の名前の隣に、もう一つ謎の文言が印字されていた。

「えっと、"イース探偵事務所"……?」

「ふざけた名前だよな。けど、実際にそういう場所があんのさ。俺はお前に会うために、そこから派遣されて来たのさ」

「僕に会うために?」

「ああ。ついでに言うと、俺はお前の通う高校の生徒じゃねえんだ。この制服もただ着てるだけなんだよ。まあ、とりあえず一緒に来ちゃあもらえねえかな」






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イース~高校生探偵達の事件簿~ 海老石泥布 @darksouls1006

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