第33話

車両変えたいけれど、ボックス席なんて他に空いてないだろうし、日光までずっと立っているのもしんどい。


どうして私はここに座ろうとしてしまったのか、悔やむところだ。





「それでは今日の良き旅に、僕の好きな場所をおすすめしてもいいかな?」




柔らかく頬を引き上げたおじさんは、とても丁寧な提案をしてくださる。





「東照宮の近くにはね、徒歩圏内に日光山輪王寺にっこうさんりんのうじ日光二荒山神社にっこうふたらさんじんじゃっていう2つの有名なスポットあってね、話しながら回るのもまた風情があっていいよ」


「あ、知ってます知ってます! 日光の社寺、ですよね。由緒ある寺社仏閣が東照宮の周りに集合していて、神橋の先はまさにパワースポットだと思います。すごいあの荘厳な感じがたまらなく心くすぐられるといいますか、絵になるんです」


「おや、よく知ってるねえ、お若いのに」





たしかに、私ってなんでこんなに詳しいんだ?


女子高生がする会話じゃないような気がする。





「おサボり女子高生は、日光が好きっと」


「…ねえ、さっきから余計な口を挟まないでください」





のんべんくらりとした発言はハルナさんからのものだった。


再び頬杖をついて紙パックを眺めている彼は、「ほーん」とそれとなくひとりごちて欠伸をする。





「やはり僕には仲睦まじく見えるよ」


「ああ…もう無視しましょう。無視」


「はは、それはちょっと可哀想だよ」


「そうですか?」


「うん。存在を認識されないことは、…すごく悲しいことだからね。近寄りたいと思っている相手なら、尚更ね」






これが、経験は語るっていうものなのかもしれない。


そろりと視線を下げるおじさんは、何かを思い出しているように寂しげに笑っていた。


ハルナさんは頬杖をついたまま窓の外を眺めている。






「……それから日光といえば、杉並木もおすすめだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る