人見知り乙女と勝気令嬢

第4話

あまりに端麗なかんばせを前に環は逃げ腰になる。ましてや公爵家令嬢などとは、とんでもない。できれば関わり合いになりたくはないのだが、そうもいっていられない実情がある。おどおどと視線を泳がせつつ、環は玲子と向き合った。


(あれ……)


 そこでふと気づく。環は玲子の顔面を凝視した。


「わたくしの顔がどうかなさいましたか?」

「い、いえ……あ、あの」


 あえて聞くべきものではないのかもしれない。そればかりか、身分が格上の令嬢相手に無礼を働くことになるだろう。


「もしかすると……れ、玲子さ、様は、最近お疲れなのでは、なっ、ないでしょうか」


 だが、環は一度気になると、答えを明らかにしなくては気がすまない性分である。背後で時子やよし江があからさまに喉を鳴らしている。しかも、このような公の場で聞くことではないのだ。貴賓室内がざわざわと騒がしくなると、いよいよ不穏な空気が漂った。


「どうしてそう思われたのかしら」


 玲子は眉一つ動かさずに、秀麗な笑みを浮かべているままだ。環はびくびくと肩を震わせ、口を開いた。


「お化粧で、かっ、隠されている、ようですが……おっ、大きな、くっ、隈があるよう、です。そっ、それから、しっ、白目が黄色がかって、いっ、います」


 並の人間ではまず分からないほどには巧みに誤魔化されている。環が告げると、玲子は無言で目尻を細めた。


「目の隈は、生活習慣の……乱れによる、血流不足が原因、です。考えられるのは、過労、精神なストレス、そして、過度な夜更かし――……」


 つらつらと言葉を並べてふと環は思う。下働きをしている女中でもあるまいし、華族の、それも公爵令嬢には縁がないものばかりだ。


「先ほどから何をおっしゃっているのかしら。あなた、玲子様に向かって失礼よ」

「いいのよ。……ふふ、それにしても、なかなかに鋭い目をお持ちなのですね」


 玲子の共をしている令嬢が捲し立てるが、それを制するのは当の本人だった。環はしまった、と慌てて口をつぐむ。


「面白い子が入ってきてくださったようで、嬉しいわ」

「あ、あの……お疲れのようなら、や、休まれた方が、よいと、おっ、思います」

「助言をありがとう。でも、心配は無用よ。これは少し……そうね、小説に夢中になってしまって、夜更かしをしてしまっていたからなの」

「そ、そう……ですか」


 そういうことならば、環にも身に覚えがある。玲子はクスリと微笑を浮かべ、歩みを進めた。


「皆様も、あまり夜が楽しいからといって、羽目を外しすぎてはなりませんよ」


 玲子がわざとおどけるようなそぶりを見せると、令嬢たちの談笑がちらほらと沸き起こった。聴きなれない上品なワルツや、煌びやかな装飾品。夫や婚約者を応援するとは名ばかりで、耳に入るのはどれも自慢話ばかりだ。富や名誉に目がくらんだものは恐ろしい。己の利のために巧に嘘をつき、やがて見境なく搾取しようとするのだから。


 帝都市民の誰も羨む夜会ではあったが、環にとっては窮屈な時間がただ過ぎてゆくばかりであった。





 夜会から帰宅をし、湯浴みを済ませた環は火照った体をさますためにバルコニーを訪れた。綺麗な月が浮かぶ夜であったため、ぼんやりと夜空を見上げたかったのだが、そこには先客がいた。


 麗しい容貌は、月夜によく映える。冷たい双眸が環に向けられると、びくりと肩が震えた。


「こっ……こんばんは」


 邪魔をしてしまったのではないか。令嬢界隈への潜入結果については翌朝に聴取するということで、周からは今夜ははやく休めと命じられていた。慣れない社交場に気疲れをしてしまった分ありがたかったが、こうして居合わせてしまうと気まずい。


「今夜の湯は熱かっただろう」

「え……あ、あ、ああ、そうです……ね。だから、夜風に当たろうと……」

「薪焚きがいつになく張り切っていた。環を気遣ってのことだろうが、熱すぎてはかなわん」

「そ……そうだったん、ですね」


 九條邸には数多の妖が住み憑いている。座敷童子たちのようにただ駆けずりまわっているだけの者もいれば、己の役割に価値を見出しているものもいる。どうやら、妖たちは環を歓迎しているようだった。


「周さんは、どうして、こんなところに?」


 涼しい夜風が環の体をさましてくれる。聞こえてくるのは木々がざわめく音だけだ。


「私が月を見に来てはいけないか?」

「いいいい、いえ! ごっ、ごっ、ごごごごめんなさい!」


 そういうつもりで聞いたのではない。とっさに首を横に振ると、周はくつりと笑った。


「……それはそうと、今日は大義だった」

「え?」

「‟式″からすべて視ていた。上出来だ」


 ため息が出るほどに美麗な笑みだった。指先がするりと環へと伸びると、頭を撫でられる。環は身を強張らせて受け入れたが、不思議な感覚だった。生まれてこの方、誰かに褒められた試しなどなかったからだ。


「視ていた……のですか?」

「言っただろう。‟式″をつけると」

「うううっ……いつのまに」


 式をつけられるのならば、何も環でなくともよかったのではないか。いや、でも、この屋敷を不気味がって逃げ出してしまう令嬢があとをたたないのであれば、困ったものかもしれない。

 環は悶々としつつ、周を見やった。


「も、もし……一連の事件が、本当に妖の仕業だったとするなら……はやく、止めないと。とりかえしのつかないことに、なってしまう」

「おそらく、すでにもう、もとには戻れないだろうがな」


 環はぐっと口を結んだ。そうなってしまっては排除以外の道はない。

 だがそれは環にとっては悲しい選択だった。妖は元来、悪ではない。人間の味を覚えてしまったがゆえに我を失っただけである。

 ただでさえ、この国の民は妖ものやモノノケの類を疎んでいるというのに、そうなってしまってはますます立場が悪化してしまう。


「周さんは、どうして……そこまで」


 夜風が周の艶やかな黒髪を撫でる。そろりと横目が向けられたかと思えば、再び夜空の彼方を仰いだ。


「かつて、私が幼い頃に世話になった人間がいた」

「……人間?」


 ぽつり、こぼれ落ちた回答は、環にとっては意外だった。


「その頃の私まだ幼子であり、一族の責務などまったくもって軽んじていた。いや……恨みばかりがつのっていたか」


 周は月明りに照らされた周の輪郭を見つめた。


「その者は、半場自暴自棄になっていた私に、言った。無念だと思うのなら、憤りを感じるのならば、己が力でこの国を正しく導けと」


 夜のとばりを映す瞳からは、周の言葉の真意を伺えない。

 かつての周が怨恨を抱いていたとは、果たして事実であるのだろうか。


「我が一族は、十年前に滅んでいる」

「え……? 滅ぶ?」

「ああ。屋敷に火の手が上がっていた。轟轟とうねりをあげ、燃えてゆく光景を、私はただ唖然と眺めていた」


 さも昔話のように口にしているが、環にとってはそう簡単には理解しがたい内容だった。


「世間一般では、不慮の事故として片付けられたが、そうではない。あれは紛れもなく殺しだ。私が駆けつけた時にはすでに、惨たらしい光景が広がっていた」

「……そ、そんなことって。はっ、犯人は、捕まってはいないのですか? ご家族が、こっ、殺されてしまったのは、くっ、九條家が鬼の一族だと、しっ、知られてしまったから?」


 環が恐る恐る問いかけると周は寂寞とした表情を浮かべる。


「さあ、どうだろうか。未だ、犯人が人間であるのか、妖であるのかすらも分かっていない」

「……っ」

「なかなか尻尾を出さん。屋敷を燃やすなどとは、随分と派手な趣向を持っていることは確かなのだがな」


 どうして、そのような凄惨な出来事を経験しているというのに、周はそこまで気高くいられるのだろう。

 環には決して真似ができない。たとえ、恩人となる者が現れたとしても、だ。


「華族連中は私を憐れんでいるようで、腹の底ではどうだったか。財産にでもあやかりたいという魂胆が見え透いていて、余計に辟易した」

「……」

「誰も信じられなくなっていた時、彼に出会った。そして彼は、私が人間ではなく妖──それも、鬼である事実を知っていたようだ。鬼族は古より、人間社会に紛れて生活していたのだが……不思議な人間だった」


 環にはこれ以上踏み込んでもよいものか、そうではないものなのかの分別がつかない。

 あくまでも環と周は契約上の関係であり、人間と妖──。本来であれば、生きる世界も異なる。


(……私の周りには、優しくしてくれた人間など、いなかった)


 ふと、そんなことを考えてハッとする。


「すまない。つまらない話をした」

「い……いえ」


 周の月のような瞳を見ていると、封じ込めている環の一面までのぞかれてしまうような気すらした。

 危うい。環はあまり自分の領域に踏み込まれたくはなかった。


「とっ、ところで、周さんは、みょ、苗字のこと、ごっ、ご存じだったのでは、ないでしょうか」


 話題を変えようととっさに切り出したが、周は軽く口角を上げているのみだ。周の手のひらの上で転がされているようで、釈然としない。


「だったら、何か問題でも?」

「あ、あらかじめ、おっ、教えてくれても、いいじゃない、ですか!」

「ああ……忘れていた」

「忘れていたって! もう! 私、華族出身なんかじゃないのに!」


 あの時は本当に肝が冷えた。いくら社交場で使い物にならない陰気な娘だとしても、事前情報として共有くらいはしてほしかった。


 分かりやすくむくれる環に、端麗な瞳が向けられる。


「そういった顔もまた、興がある」


 ずい、と距離を縮められる。目と鼻の先に整った顔があるものだから、環の呼吸が止まった。


「臆病なのか、将又肝が据わっているのか……」

「な、な……」

「栗花落の令嬢相手によくもああまで言ったものだ」


 先刻の無礼を思い出し、環の背筋はたちまち凍り付いた。


(令嬢たちからいじめられてしまったらどうしよう)


 玲子の目が気になったため口にしてしまったものの、あの場には適していなかったようだ。何故マダラは止めてくれなかったのか。これから先も、場にそぐわない発言をしてしまうのではないかと不安になる。


「――九重環とは何者なのか」

「へ……?」


 ごくりと生唾をのむ。硝子のようにきらきらと輝く瞳が、緩やかに細められた。


「知りたいと思うほどには、あなたを気に入っている」


 幽玄な月が浮かぶ夜。周はそう告げると、環の頬をするりと指で撫で、バルコニーをあとにしたのだった。



 環は翌朝、しゃかしゃかと粒が擦れる音によって目覚める。寝ぼけ眼を擦り体を起こすと、部屋の中に小豆洗いが座り込んでいた。


 いつの間に入り込んできたものか。小豆洗いはとくに環に悪戯する様子もなく、何度も何度も念入りに洗っている。


「ん……おはよう……ございます」

『……』

「ふわ……あなたは……いつから、そこに?」


 しかし、欠伸をする環を一瞥すると、徐に立ち上がって壁の中に消えていってしまった。


(あれ、いなくなってしまった)


 妖ものは気まぐれな生き物だ。ここで小豆を洗うのに飽きたのかもしれない。


 それにしても昨夜は泥のように眠ってしまった。よほど社交場で気疲れをしていたらしい。

 できればもう二度と出向きたくはないのだが、そうも言ってはいられないのだろう。少なくとも、綾小路雅には何らかの接触を図らねばならない。あの勝気な令嬢相手に、環がまともに渡り合える気がしないのだが。


 はあ、とため息をつき周囲を見回す。マダラはといえば、ベッドの上で気持ちよさそうに眠っていた。


『……むにゃむにゃ、もう食えねぇぞ……』


(呑気に寝ていて、羨ましい)


 起こさずに布団から這い出る。身支度を整えると、環は一階へと向かった。


 女中が朝食の支度を済ませているのか、味噌汁のいい香りが立ち込めている。

 こんがりと焼かれた魚の匂いに食をそそられ、広間に向かう。そこには朝刊を読んでいる周のほかに、見慣れない僧風の男が座っていた。


「お………お、おはよう、ございます」


 環が声をかけると、朝刊からちらと視線を上げた周と目が合う。


「おはよう」

「……あ、あのそちらの方は」


 先ほどから茶を飲んでいる男は、おそらくは妖でよいのだろう。大正の時代とは逆行した麻の着物を身につけ、知的な印象を受ける。もっとも目を引くのは、大きく突き出た後頭部だ。


「ぬらりひょんだ。今日からしばらく屋敷に滞在するようだから、よろしく頼む」

「……ぬらりひょんさん、は、はじめ、まして」


 ぬらりひょんといえば、一般に瓢箪鯰のように掴まえどころがないという。頭脳明晰とも言われ、妖の総大将ともされている存在だが、環は未だかつて実物を目にしたことはなかった。


「ほう……君が、周殿のよい人か」

「よっ、よい人?」

「どれ、君から周殿の気が伺える。これは……ふむ、"式”の他にまだ何かつけられておるな」


 よい人だとはとんでもない。あくまでも周と環は偽物の婚約関係にあるだけだ。


 ぶるぶると否定をするが、ぬらりひょんは飄々とした顔で茶を飲んでいる。周に関しては朝刊に目を通しているばかりで、ちっとも気にしていないようだ。


「あ、あの、私は……本物の婚約者では……ないのですが」

「知っておる。人間の娘の失踪事件を追っているのだろう。あれは、誠に残念のことよのう……」


 環はおずおずと席につくと、食卓に並んでいる皿たちがこぞって眼前に集まってきた。今すぐに使ってほしいといわんばかりだ。


「本来、人間と妖は、住む場所を分かち、よほどのことがない限りは干渉しあわないものだ。互いの世界を守り、均衡を築く役目を担っていたのが鬼族だったのだが……」

「鬼族……」


 ちらりと周を見るが、視線は朝刊に向けられたままだ。


「最近は、妖が次々と町中へおりていっている。昔から町中でこっそりと暮らしているものはいたが、此度の妖どもは様子がおかしいのだ。人間の味を覚え、理性が保てなくなるものが増えている」

「そう……なんですね」

「わしらとしては、あまり妖ものや妖怪の悪評を広めたくないのが本音なのだよ。現に、令嬢の失踪事件も、神隠しにあった、だの。妖怪に呪われたのだ、などと騒ぎ立てる連中までいる。そうなってしまっては、人間の目が一層光るばかりで、わしら妖はおちおち暮らしてもいられんものよ」


 ぬらりひょんは湯呑みを置き、重たいため息をついた。


『たいへんだ、たいへんだ』

『あちこちにお札が貼られているよ』

『あれ、痛くて苦しいよ』

『オイラたち、見えるにんげん、いじめてくる。遊び場が、なくなっちゃう』


 瞬きをしたその時、いつのまにか周囲に座敷童子たちが集まっている。その場でバタバタと走り回ると、壁を駆け上がり天井裏へと消えてしまった。


 このままゆけば、妖は人間に害をなすものとして、いっそう忌まれてしまう。すべての妖が悪ではないのに。人間にも善人と悪人がいるように、妖だってそうなのだ。

 環はやるせなくなり、かたく唇を結んだ。


「それにしても、風変りな娘さんよのう。このような妖まみれの屋敷で、平然と暮らしているとは」

「あっ……えっと、これはその……慣れている、ので」

「しかし、これほど視えてしまっては、面白がった輩どもにいたずらをされてしまうだろう」

「うーん、まあ、そうなの、ですが……勝手に鞄を持っていかれてしまったり、本を破かれてしまったり、あとは……ああ、そうだ、昔、一度だけ嫌々女中をしていた時に、お嬢様を池に転落させられたり……しました。おかげでお暇をいただくことが、できました」


 かつての出来事を思い出し、あははと笑った。口入れ屋から斡旋された仕事は、内職以外はどれもうまくいかなかった。大抵は、妖たちにいたずらをされ、気味悪がった主人に暇を言い渡されて終わってしまう。

 できることならば四六時中家に引きこもっていたい環にとっては、ありがたい迷惑だったが。


 すると、しばらく朝刊を眺めていた周がくすりと笑う。


「そこで喜んでどうする」

「あ……だ、だって」


 もごもごと口ごもると、女中が朝食を運んできてくれた。ふっくらと炊けた白米と、具沢山のみそ汁。それに加え、こんがりと焼けた魚も添えられているとは、なんと贅沢な朝食なのだろう。


「お……おおおおっ、おいしそう、です!」

「どうぞ、召し上がれ」

「いっ、いただきます!」


 環は両手を合わせて勢いに任せて白米をかきこんだ。マダラはいつまで寝ているのだろう。


「それで、令嬢界隈の件だが」

「ごふっ!」


 本題だ、とばかりに両手を顎の下で組み合わせている周がいる。かきこんでいた白米が喉につまり、環はあわててお茶を喉に流し込んだ。


 しらを切って視線を逸らそうかとも思ったが、周の鋭い瞳からは逃げられない。分かっている。給金をもらっている手前、どれだけ気が進まなくとも、環はやらねばならないのだと。


「……なんとか雅さんという御令嬢が、なにかご存じかも……しれません」

「公爵家の綾小路雅か」

「うっ……、そうです。公爵家の、かなりはっきりとものを申される御令嬢です……」


 とたんに憂鬱になり、箸を持つ手が止まる。


「なんでも、ご友人が失踪されたそうで……って、ぜんぶ周さんはみっ、視ていたんですよね? 説明しなくても、わっ、分かるじゃないですか」

「ああ。それで、環はどうしたいと思う?」

「え……? そりゃあ、本音では関わりたくはないと思います……人間って怖いし……」


 もし、この事件の犯人が妖であったとして、それが軍部側に露呈してしまったのなら。人間は、人間ならざる者を過剰に恐れ、撲滅を願うだろう。


 やがて国は魑魅魍魎の排斥に本腰をいれる。そうなってしまっては、なにも悪いことをしていない妖や妖怪も、殺されてしまうのかもしれない――そう考えると、環の決心は鈍るのだ。


「で、でも……」


 ぎゅっと唇を結ぶ。環の瞳が、周の月のような瞳に映った。


「なんとか、してあげたい」


 まだ人間は怖い。今のところは、妖側に寄り添う気持ちの方が強い気がする。人間は環をいつも苦しめ、寂しい時、悲しい時、味方をしてくれたのはいつも妖だった。

 そんな彼らが傷つくのは耐え難い。そしてなにより、我を忘れ、化け物になり果ててしまった妖を、楽にさせてあげたいと思ったのだ。


 翌週の日曜日になると、環は白薔薇会主催の‟ガーデンティーパーティー″に招待をされた。環は当然パーティーというものに縁がなく、招待状が届いた時には背筋が凍ったものだ。


 本来であれば迷わず断りたいところであったが、開催場所をみると綾小路邸と記載があるではないか。


 環はぐぬぬ、と眉を顰めて考え込んだ。綾小路雅の活発な態度を思い起こして、背筋が凍る。だが、これはおそらくは絶好の機会なのだろう。環は自身に鞭を打ち、参加の意思表示をしたのだった。


「環様、ごきげんよう!」

「ご……ごきげんよう、時子さん」


 綾小路邸は帝都の西側に門を構えている。洋風邸宅は、九條家に匹敵するほどに立派だった。


 敷地の中に入るなり、ほうとため息をつく。当主が好んでいるのか、庭園には色とりどりの薔薇が植えられていた。


『ひょえ~、随分と気合入ってんなあ~』


 庭先には豪奢なワンピースを身に着けた令嬢たちですでに賑わっていた。環の影の中に身を潜めるマダラも、あっけにとられている。

 ふんだんにあしらわれたフリル、きらりと光沢のあるブローチ、上品にも日傘をさしている者もいる。


(人が多いよ……はやく帰りたい……)


 時子に連れられるままに敷地の中を進むと、令嬢たちの視線が環へと集結する。


(こわい……! いじめられる!)


 やはり、先日の夜会でかましてしまった玲子への失言が響いてしまっている。こそこそと耳打ちする声が聞こえ、環はぶるりと震えあがった。


「た、環様……あまり、その、気負わないほうがよろしいかと……」

「は、はい……」

「た、たしかに先日の件はわたくしも驚いてしまいましたが、あれは、玲子様のお体を思ってのこと……だったのでしょうし。それにしても、環様は学に明るいのでございますね」


 時子は両手を合わせ、顔を青々させている環を宥めた。


「女学校時代は、立派な花嫁になるよう先生方から指導を受けていたものですから、学問に関しては、殿方の専門分野だとばかり思っておりました」

「えっと……その、私はべつに」


 ただ家に引きこもって学術書を読みふけっていただけだ。環は尋常小学校にも通っていなければ、女学校になどもっぱら縁もゆかりもない。周の婚約者を名乗っているが、それこそ花嫁修業の‟は‟の字も経験がないのだ。


「……それにしても、環様は九條邸で過ごされていらっしゃるのでしょう? その……何かお変わりはございませんでしょうか」


 続々と来訪する令嬢たち。その誰もが黒塗りの自動車から、使用人を連れて颯爽と降りてくる。環にとってはまるで別世界だった。周囲で挨拶が交わされる中、時子はこっそりと耳打ちをした。


「どういう意味、でしょうか……」

「いえ……あの、九條家は由緒正しく、素晴らしい血筋であると、存じ上げております。ただ……十年前に起こった惨事は、ご存じでしょう? 周氏をのぞき、一家が火事でお亡くなりになった……あの事件を」


 環ははっと息をのんだ。当の本人に仔細は聞かずにいるが、九條家の鬼たちは、なぜ殺されてしまったのだろうか。

 誰に? なんの目的で?


 深入りすべきではないと理解しているが、周の言葉が脳裏に染み付いてしまって離れない。もし、鬼族をよく思わない存在がいるのならば、今も虎視眈々と周の寝首をかく機会を狙っているかもしれない。


「それが理由であるのかは分からないのですが、周氏の婚約者であった方々はみな、邸宅から不気味な気配がするといって、去られてしまっているのです」

「あ……ああ」


 考えを巡らせていたが、そこで現実に引き戻される。その不気味な気配とは、妖のことだ。


「周氏は見目の麗しい貴公子のようなお方……ですが、お屋敷は亡霊たちにより呪われているのではないか……とも噂されていたもので」

「えっと……それに関しては、なにも問題は、ないです」

「そうなの、ですか? でしたら、安心いたしましたが……。呪われたりはしていないかと、少々心配しておりましたので」

「あ、はは……」


 環は誤魔化しながらに笑うしかなかった。


「ほら、近頃の令嬢失踪事件もなかなか解決には至っていないようですし、警察でも、めぼしい証拠が出てこないようで。もしかすると神隠しやモノノケの仕業なのではないかって、一部ではもちきりなのですよ」


 時子は重々しい顔つきで述べた。環にとっては頭上に鉛が落ちてくるような感覚があった。


「昔から、逢魔時にはひとり歩きはするな、人ならざるものに攫われる――と言われておりますけれど、それが本当ならば怖いですよね……」

「……」


 なんと虚しいのだろう。妖ものがすべて明確な悪意をもっているわけではないというのに、どうしてここまで恐れられなくてはいけないのだ。


 人間の方がよほど怖いではないか。環はぐっと唇を噛みしめ、黙り込んだ。


「って、ほら、雅様がようやくお見えになりましたよ」

「え……?」

「公爵家の方々は、いつも、あちらの二階バルコニーでお茶を楽しまれるのです。ああ、今日も見目麗しい……」


 時子がうっとりしている隣で、環はそわそわと落ち着かない。あのような格上の世界。ただでさえ、公爵家とそれ以外のものたちで区切られてしまっているというのに、どのように接触をしたらよいものか。


「ごきげんよう、雅さん」

「……ごきげんよう。ですが、わたくしはあれほど延期にしようと申し上げましたのに。よくもまあそう呑気にお茶などしていられますね、玲子さん」


 今日の雅も機嫌が良いとはいえないようだ。あのような強気な令嬢に、陰気な環が太刀打ちできるわけがない。さあああ、と環の顔は真っ青になる。


「みなさまをご不安にさせてはいけないでしょう。それに、瑠璃子さんはきっと帰ってきてくださいますわ」

「だから、わたくしはお茶を楽しむような気分になどなれないと言っているのです!」

「雅さん、どうか、警察を信じて待ちましょう。わたくしたちが暗い顔をしてばかりいてはなりませんよ」


 雅はきっと鋭く睨み飛ばし、ふてぶてしい態度で椅子に腰かけた。


(あっ!)


 ──ともすれば、雅の足元に小鬼がいるではないか。

 いったいどこからやってきたのか、雅の足首にしがみつき、体をよじ登っている。当然、雅本人にもそれ以外の者たちにも見えているはずなく、環のみぞ知るところではあったが。


『放っておいても問題はねえだろ。まっ、多少のいたずらはするだろうけどな』

(いっ、いたずらって……大丈夫かな)


 小鬼はやがて雅の頭の上にたどりつき、満足げに腰を下ろす。しばらくあの場から離れるつもりはないらしい。

 環は小鬼の存在が気になって仕方がなかったが、やがて運ばれてくるお茶菓子に舌鼓を打ったのだった。


 環はマカロンというものを初めて口にした。西洋の菓子だというが、どのようにしたらこのような触感が生み出せるのだろう。

 外はさっくりと、内側はとろけるような歯ごたえ。砂糖を入れない紅茶は味気がないと思っていたが、これがあるとちょうどよい塩梅に感じる。

 環は令嬢たちの会話に混ざることなく、黙々と菓子を食べ続けた。


『おい! オレにも少し分けろよ!』


 すると、環の影の中からマダラの声が聞こえてくる。環は周囲を見回してから、マカロンを二つほど地面に落とす。


『ありがとよ! うっひゃあ、なんだこりゃ、こんなうめえ菓子、食ったことねえぞ』


(高級菓子なんだって。和菓子とはちょっと違うよね)


『もう一個! もう一個くれ!』


 中庭の隅っこでこそこそとマカロンを与える。しかし、先ほどから紅茶を何杯も飲んでいたせいで、不浄を催した。

 話に花を咲かせている令嬢たちをよそに、環は真っ青になる。


(ど、どうしよう……誰に、なんていえばいいの)


「あらまあ、では、藤沢様はようやく家督を引き継がれたのですね」

「そうなのです。これからもますますお支えしなくてはなりません」

「それにしても、最近は民本主義……などというものを求める運動が起こっているようですよ」

「存じ上げておりますわ。主に新聞社や小説家がそのような思想を民衆に広めているのだとか……」


 周囲を見回したが、とても声をかけられるような雰囲気ではない。泣きべそをかきそうになった時、ようやく給仕らしき人物を見つけた。

 環はよろよろと席を立つと、何度か躊躇しつつ勇気を振り絞って声をかけた。


「あ……ああああ、あの!」


 勢いあまってしまった。環ははっとして口ごもるが、ほら見ろとばかりに、訝しそうにしているではないか。環は人との距離感を掴むことが苦手だ。


「ど、どうかなされましたでしょうか」

「えっと……そ、そそ、その、紅茶を飲みすぎて、しまって……ご不浄を……拝借したく」


 もじもじする環を見て給仕は、ああ、と納得する。


「承知いたしました。ご案内いたします」

「あああ、あの、ご面倒を、おかけ、します」


 環は先を歩く給仕についていく。邸宅の中には、舶来物なのか見たこともないような壺や絵画が並んでいる。

 あれはたしか、ビリヤードというものだ。環は嗜んだ経験はないが、はいからな遊戯として華族界隈で流行っているのだという。

 環は邸宅の奥へと案内され、一通り使用方法の説明を受けた。


「錠前は扉の裏手にございます」

「は、はい」

「わたくしはこれにて失礼をさせていただきますが、よろしいでしょうか?」

「だ、大丈夫……です。ありがとう、ございました」


 引き返す給仕を横目に、環はほっと安堵をする。やはり、華々しい社交場など環には似合わない。厠のように狭くて、暗い、人が寄り付かないような場所がよほど好ましいと思ったのだった。



 厠から出ると、環は庭先に戻るのが億劫になった。令嬢たちとの会話についていけるはずがなく、中途半端に加わってしまったのならボロが出てしまう。


 そもそも陽の光よりも、薄暗い部屋の中の方が落ち着くのだ。環は重い足取りで正面玄関へと向かうが、その途中で興味を引かれる場所を見つけてしまった。


 この古びた印刷物の香りーー……書庫だ。死んだ魚のような瞳が一転して光を帯びる。


(勝手に入ったら怒られるよね……いいな、読み漁りたい……)


 欲望に突き動かされ、魂が抜けた亡霊のようにそろりそろりと歩みを寄せていた、その時だった。


「どうなされたの、雅さん!」


 二階から悲鳴じみた令嬢の声が聞こえてきた。環が足をとめると、影の中からマダラが現れる。

 バタバタと何やら騒がしい。


『雅って、あのきつめの令嬢だよなあ?』

「うん……なんの騒ぎだろう……」


 公爵家の令嬢たちはバルコニー席でお茶を楽しんでいたはず。それなのに、いったいどうしたというのか。環はびくびくと震えながら、螺旋階段の先を見上げた。


「落ち着いて! お気をたしかに!」

「その先は危険ですわ! どうかお止まりになって!」

「雅さん! ちょっと、誰か! 誰かいないの!」


 階段の手すりにしがみついて、おそるおそる様子を伺うが、この場所からは事態の全貌を伺えない。面倒事はご免だ。できれば見過ごしたいところであったが、ひとつだけ気になっていたことがあった。


「もしかして、あの小鬼がいたずらをしてるんじゃ……」

『ああ、その可能性はあるなあ』


 依然、環が女中をしていた時も、雇用主の令嬢が妖によって池に落とされたことがある。環はとっさに助けようとしたのだが、人ならざるもののことなどろくに信じてもらえず、濡れ衣を着せられてしまったのだが。


『とりあえず、様子を見に行ってみた方がいいんじゃねえか?』

「えっ、でも、勝手に上がっていいのかな」

『そんな小さいこと気にしてられっかよ。けっ、オレは先に行くぜ!』

「あっ、待ってマダラ!」


 階段を軽快に駆け上るマダラを追いかける。慣れないワンピースを踏みつけてしまわないようにたくし上げたが、そもそも洋風の靴すら履き慣れていないため、環は何度も転びそうになった。


「違うの! もう、痛い! ひっぱらないでちょうだい!」

「きゃあああ! 大変よ、雅さんがバルコニーから落ちてしまう!」

「痛い……痛いったら、やめて!」


 二階へとたどり着くと、雅がバルコニーの手すりの上に身を乗り出していた。玲子をはじめとする侯爵家の令嬢たちだけでなく、庭先でお茶をしていたその他の華族令嬢たちも騒ぎはじめているではないか。


 加えて、欲見れば環が思った通り、小鬼が雅の髪を引っ張っている。おそらくは面白がっているだけなのだろうが、当の本人がバルコニーから転落してしまっては一大事だ。


 もちろん、雅自身にもその他の令嬢たちにも、妖力の弱い小鬼の姿は見えていない。その分、雅の突拍子もない行動に動揺しているのも理解はできる。


『あれは小鬼をひっとらえないとまずいな……』

「どどどどど、どうしよう! おおおお、落ちちゃうよ」

『なんとかして小鬼の興味をほかに向けるしかねえぞ』


 興味? 環は唇を結んで、あれこれと考えた。

 環には正義感などというものは持ち合わせていない。いつだって自分のために生きてきた。

 いや、むしろ自分のこと以外を考える余裕などなかった。ましてや、自分以外の人間がどこでどんな目にあおうと知ったことではないのだが、ふと、あの夜の周の横顔がよぎってしまうのだ。

 環はふんす、と気合を入れ、一歩踏み出した。


「どっ、退いてくださいっ‼」

「きゃああ! あっ、あなた、どこから!」

「いっ、いいから、どっ、退いてください‼」


 今世紀最大の大声だった。環は勢いよく駆け出し、バルコニーの中に割って入る。どよめく令嬢たちには見向きもせず、環は雅の体にしがみついた。


「あっ……あなたは、いったい!」

「ごっ、ごめんなさい! あ、あの、今すぐ、取ります、ので!」

「と……るって」

「この子が、ひっぱってる、から、その……悪気は、ないん、です!」


 雅は訳が分からないといった様子であったが、あまりに切羽つまった状況を前にして環のいうことを鵜呑みにせざるを得ない。

 環は雅の体が手すりを越えてしまわないように押さえつつ、小鬼へと目をやった。


「ねえ、ここから、落ちたら、ケガをしてしまうから、これ以上は、だめだよ」

『んあ? なんだおめえ……おいらが見えるのか』

「おっ、おっ……お願いだから、離してあげて」

『なんでだよ、せっかく面白いところなのに』


 その場に居合わせている令嬢たちからすれば、ただの環の独り言だろう。おそらくは、雅の身を案じながらも、奇妙奇天烈な環の態度を前にいぶかしんでいる。


 人見知りで引っ込み思案な環であるが、この時ばかりは必死だった。


(マダラ……‼)


『あいよ‼』


 足元に目くばせをすると、環の足元の影の中からマダラが飛び出してくる。人間の目には映らないように気配を消しつつ、小鬼の体に飛び乗ったのだ。


『うぎゃああああ! 猫又だ!』

『観念しろ! いたずらはほどほどにしねえと、豆を無理やり食わせるからな!』

『そっ、それだけは勘弁してくれい! 謝るからさ! この通りだよ! ……ったく、こんなところに猫又が出てくるなんて思わないじゃねえか!』


 マダラは小鬼の体に飛び乗ると、バルコニーの床の上で羽交い絞めにする。マダラのずんぐりむっくりな体に押しつぶされるようにして、小鬼は静まってくれた。

 環はほっと胸を撫でおろしたが、ここでようやく我にかえった。雅の体から勢いよく離れ、おどおどと頭を下げる。


「ごごごごごご、ごめんなさい!」


 周囲を見回して、さらに背すじが凍る。この場に居合わせていた公爵家令嬢たちの視線が痛く突き刺さった。玲子にいたっては、ただ一人、穏やかに微笑んでいたが。


「お茶の邪魔をしてっ、もっ、申し訳ございません、でした!」


 この国の根幹を担っている家の令嬢たちの前で、とんだ無礼を働いてしまった。環はいてもたってもいられなくなり、バルコニーから駆けだした。

 マダラは小鬼の首根っこを咥え、環のあとをついてくる。だが、追いかけてきたのはマダラだけではなかった。


「お待ちになって!」


 びくっと肩を震わせ、環は螺旋階段の手前で立ち止まる。

 振り返らずともこの快活な声の主は分かった。綾小路雅、本人だ。


「さきほどは、危ないところを助けてくれて、どうもありがとう」

「……あ、ああっ、えっと」

「まったく、お礼も言わせずに逃げるだなんて、失礼ではないのかしら」


 振り返るとやはり、目鼻の凹凸がはっきりとした顔がある。高飛車な雰囲気は、彼女独特なものだろう。きっと悪気はない。


「ご、ごめん、なさい。でも、私みたいな根暗で、陰気な人間は、あのような場所に……本来はいてはいけないというか……もっと暗くてじめっとした場所の方が……ごにょごにょ」

「……何を言っているのかしら」


 意味が分からない、とばかりに眉を顰められた。しまった、イラつかせてしまった。環の得意分野である。ひい、と背すじが伸び、雅の翡翠色の瞳を直視できない。


「まあ、いいわ。聞いてもいい? あなたは、何かが見えるのね?」

「えっと……」

「わたくし、ずっと何かに髪をひっぱられていたの。だけど、皆は信じてはくれなかった」


 素直に答えてしまえば、立場を悪くしかねないのではないか。ただでさえ、妖やモノノケの存在は敬遠されているというのに。

 環は一瞬だけ躊躇したが、恐る恐る雅の瞳へと視線を向けて、妙にすとんと腑に落ちた。


(この方は、そんな真似はしないのだろう)


 こくりと頷くと、環はマダラが加えている小鬼へと横目を向けた。


「雅……様の髪は、たしかに、人ならざるもの……小鬼が引っ張って、いたずらをしていました」

「小鬼……」

「お、驚かないの、ですか」


 見えていないのだから、実感が沸かないのも無理はないのかもしれない。環の被害妄想ではあるが、よい家柄の令嬢は奇々怪々にめっぽう弱い印象であったからだ。


「そう……やはり、本当に存在するのね」

「え?」

「あなた、富永瑠璃子の失踪事件は、ご存じかしら」


 環は一度、自分の耳を疑った。まさか雅本人から聞きたかった話題が振られるとは思いもしなかったのだ。

 はっとして顔を上げると、真剣な面持ちの雅がいる。そして、どこか悔しそうに眉をひそめている。


「あの子……失踪する数日前から、身のまわりに妙なことが起きていると、言っていたのよ」

「妙な、こと……ですか?」

「ええ、置いてあったものが一瞬目を離した隙になくなっていたり、勝手に移動をしていたり、近くに誰もいないというのに、瑠璃子の名を呼ぶ声が聞こえたり」


 まさか、と環は言葉を失った。マダラと目をあわせ、頷く。


「お、おそらく、それは妖の仕業で、しょう。何がしたかったのかまでは、分からないのですが……」

「あなたは、疑わない? 信じてくれるのね?」


 こくこく頷く環を雅はじっと見つめた。


「失踪した原因にすくなくとも関係があるとみるのが、妥当、です」

「……そうよね。いえ、ごめんなさい。あなたにこんなことを聞いても困ると思うのだけど。だとしたら、やはり釈然としないわ」


 常に所在のない環の瞳とは違って、雅の瞳は迷いがなく、力強い。周のように儚く美しい瞳とはまた違って、他人をひきつけるものがある。


「彼女の身の回りに奇妙な出来事が起こっていたのは、たしかなのだけれど、極めつけは失踪をする当日のことよ」


 令嬢たちが集う花園で、いったい何が潜んでいるのか。


「あの日は……白薔薇会の令嬢たちとオペラを鑑賞した帰りだった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る