第27話

「……高価?」


壱成さんは、少し顔を傾けた。



「髪留め…」


「ああ…、あれはそんなに高いもんじゃない」


「違うんです、買わせてしまったんです」


「うん?」


「あれは、私が嘘をついて買わせてしまったものなんです」



また泣いてしまいそうになって。

いつの間にか暖房がきくこの室内は、暖かくなっていく。



「っ、わたし、アレルギーなんて、本当は無くて…!」


「うん」


「ないんですっ」


「うん」


「壱成さんに嘘をついてましたっ…」


「うん」


「アレルギーなんて、なくて、」


「うん」


「スポーツドリンクだって、飲めるんです…」


「うん」


「ごめんなさい……」


「なんで謝る?」


「私は、健康です、病気になりやすいなんて嘘なんです……」


「うん」


「嘘をついていてごめんなさい……」



ポロポロと涙を流しながら両手で顔を隠せば、本当に自分はどうしようと無い、愚かな人間だと死にたくなった。


顔を隠している私の手が、何かに触れた。そこには力の籠っていない私の手を退かし、見えた私の顔を見つめる壱成さんがいて。



「家に帰りたくないんだな?アレルギーもない?」



壱成さんの声は、先程と同じで優しく。



「本当なら、明日の朝に送ろうと思ってた。けどはあんたが何も食べられないし…。その、なんだ、水分も取れないから、出来るだけ早く家に帰った方がいいと思ったんだ」


「……──」


「何が食べたい?」


「……壱成さん、」


「何か食べよう」



なんで、嘘をついた?

その言葉を言わない壱成さんは、立ち上がると、机の上においていた冊子をとる。それは間違いなく、何かの料理が乗っている本で。



「お、怒ってないのですか?」



焦った私は、立ち上がって、壱成さんの方に近づいた。



「怒る?」


「だって、たくさん、嘘を……」


「あんたは、」



私が?



「理由もなく、そんなことを言わない。何か訳があるんだろう?」



理由……。



「怒るわけない」



優しすぎる壱成さんは、冊子を持っていない方の手を私の頭に伸ばしてきた。そのまま頭を包み込むように頭を撫でてきた壱成さんは、力を入れ私を抱き寄せる。



「…あんたに怒るわけない」



私の頬は、壱成さん胸元にあたる。

着替えたばかりの壱成さんの服に涙が滲むのが分かった。

優しすぎる人……。



「…………複雑で……」


「うん」


「複雑すぎて、」


「…何が複雑?」



私は、壱成さんの服を掴んだ。



「………家庭が、複雑で」


「うん」


「この頬は、父に、叩かれました」



私を抱きよせる壱成さんの腕の力が、僅かに強くなるのが分かった。



「──…他の、痣は、母です」


「…叩かれているのか?」



声が、優しい。



「いえ、叩かれた、ことは……1度もありません」



叩かれた、ことは、1度も。



「……母が、入れる、飲み物には何かが入ってます……」


「──…何?」



優しかった声が、一瞬にして低くなるのが分かった。



「母は、〝代理ミュンヒハウゼン症候群〟という病気なんです…」

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