第9話

私は決して馬鹿ではないと思う。

空気は読める方だし、みんなの輪を乱さないというか、そのおかげでクラスで嫌われたり虐められることもなく。

普通の同い年の高校生の子達よりも、家が厳しくて勉強をしてきたというだけだった。

ただ、勉強ばかりをしてきて、友達と遊ぶことがあまりなかったから、誰かと遊ぶ約束をする事もなくて。

なんというか、私はコミュニケーションをとるのが苦手なのかもしれない。なんでも従ってしまう性格とでもいうのだろうか。

例えるなら「どれにする?」と聞かれれば「なんでもいいよ」と答えてしまう、そんな性格。

いいように言うならば謙虚。悪いように言うならば自分の意志を相手に伝えることができない。

勉強はできても、世間では通用しない。


「この辺りの高校で学ラン?」


だからこうして、唯と友達になれたのも、本当に奇跡だと思う。

学校での休み時間、一緒にトイレに行く途中で、学生服のことを聞いてみた。ずっと白鳥系列の学校にいた私は、あまり外部の高校のことが分からなからなくて。

首を掲げた唯も、あまり良く分からない様子で。


「黒色の、学ランなの」


「学ランって、近くだと西高だけだと思うけどなぁ。長田高校も、学ランだったかな?もしかしたらブレザーかも」


西高、と言われ、思い出したのはお兄ちゃんだった。西高に通っているお兄ちゃん。

通ってはいるものの、私はお兄ちゃんの制服姿を見た事がなかった。だっていつも遊んで、学校に行っているか分からないぐらいだから……。

唯に言われ、今更お兄ちゃんの制服が学ランだと知り。頭がいいはずなのに、自分のバカに呆れ……。


「この校区で制服が学ランって何校ぐらいあるのかな?」


「さあ、今はブレザーが多いもんね。4校ぐらいかな?何かあったの?」


「…ううん、なんでもないの。人探しをしたかったんだけど無理そうだなぁって…」


「人探し?」


「うん、この前、困っていた時に助けてくれて。お礼をしたいけど連絡先が分からなくて」


「そうなの?名前とか分からないの?」


名前は分かる。

名前は、壱成さん────……


「わかる、けど、それ以外は何も。駅で会ったからまた会えるかな」


「きっと会えるよ。駅で助けてくれたの?」


「うん」


「じゃあ、駅員さんに聞けば、何か分かるかもしれないよ?特徴とか言えば、その人がどの時間に通るとか教えてくれるかもしれない」


美人で頭のいい唯が、とてもいいアドバイスをくれた。確かに壱成さんが毎日あの最寄り駅を使うなら、駅員の方が壱成さんを見かけている確率は高くて。

遠くに聞きに行くわけではないから、時間もかからず済むことが出来る。

唯に笑って「ありがとう」とお礼を言ったあと、私は帰りに最寄り駅の駅員に時間が許す限り尋ねてみようと思った。


お礼の品は学校へ置いて帰った。もしお母さんたちに見つかると「これは何?」と言われるのが怖いから。

学校が終わって、電車に乗り、自宅の最寄り駅つく。改札横に設置してある案内所にいる駅員に声をかけた。その人は40代程の、男性で。


「すみません」


そう、尋ねた私に、「はい?」と近づいてきた駅員の男性は、よくこの駅で見かける人だった。


「人探しをしているのですが、少し、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「人探しですか?」


「はい、あの、高校生の男の方なのですが、──」


私がそう言った瞬間だった、「あ!」と、目を見開いたその駅員の男性は、何かを思い出したかのように声を上げた。

何?何かあったのだろうか?とびっくりした私は、「え?」と、首を傾げた。


「もしかして、君をホームから運んだ男の子の事?」


少し微笑みながら言ってきた駅員の男性に、戸惑うのが分かった。だって私はまだ何も言っていない。ただ人探しをしていると言っただけだった。なのにどうして〝ホーム〟や〝運ぶ〟という単語が出てきたか全く分からなくて。

何も言えないでいると、

「違うのかい?」

と、言われ、私は慌てて頷いた。


「あ、そ、そうです、その方です……」


「やっぱりそうだと思った」


私はまだ、壱成さんの特徴を言った訳でもない。


「あのどうしてその方だと分かったのですか?」


「分かったというか、その男の子が君を抱えて改札を通りたいって言ってきたから。対応したから知ってるよ。もう体調は大丈夫なの?」


凄く納得のする答えだった。それもそう、駅のホームで気を失った私は、壱成さんに抱えられたはずで。

改札口を通るには駅員に言わないと、出ることは不可能。駅員の方が知っているのも当然だから。


「大丈夫です……」


「良かったね、それで、その男の子を探してるって言う話?」


「は、はい……、どこの高校とか、些細なことでもいいのですが……、教えて欲しくて。倒れた時のお礼をしたいのですが、電話番号も何も知らないのです」


「そうだったの?んー……、どこの高校かはなんとなく分かるんだけど。そういうのって個人情報になるから、こちらとしては教える事が出来ないんだよ。本当に申し訳ないんだけど…」


確かに、その通りだと思った。

ペラペラと、駅員の方が、そう言った情報を教えるわけにはいかないはずで。


「この時間に通りやすいとかも、難しいですか?」


「そうだね、ごめんね。事情は分かるんだけど規則だから」


本当に申し訳なさそうに言ってくる男性に、私の方こそ申し訳なかった。だってこの人は悪くないのだから。


「いえ、ありがとうございます」


頭を下げて、また別の方法を考えようと、そこから離れようとした時、


「もし良かったら何か預かろうか?」


そう、駅員の男性が声をかけてくれて。


「え?」


何か?何かとは?


「手紙とか、もしその男の子がここを通る時に渡せるなら、僕から渡しておくけど。どうかな?」


手紙?

手紙──……


「い、いいのですか?」


「でも、100%渡せるとは限らないけど、それでもいい?」


「は、はい。もちろんです」


凄く親切な人だと思った。

時間が無いから慌てて鞄の中から、壱成さんに送る紙を取り出そうとしたけど。

手紙を書く紙なんて持ち歩てないし、書けそうなのはノートとルーズリーフだけで。

だけど、今、書けるのはこの2つしかないから。私はルーズリーフで、その言葉を書き残した。

壱成さんへと感謝の言葉と、私のスマホの番号を。

女の子らしい封筒もなく、そのルーズリーフを2回折り、駅員の男性に渡すしか出来なくて。

せめてもの、という気持ちで、表面に〝壱成様〟と書いた。


「よろしくお願いします」


深々と頭を下げた後、私は今度こそ家へと向かった。

その日の夜、12時まで待ってみたけど、壱成さんからの連絡は来なくて……。

次の日の朝もなかった。

学校へ行くために最寄り駅へ向かい、案内所を見ても、そこには昨日親切にしてくれた駅員の男性はいなく。

夕方にちらりと見ても、駅員の男性はいなかった。もしかしたら今日は休みかもしれない。だとすると壱成さんに手紙を渡すことは難しいだろう……。


……早く壱成さんに会いたい……。

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