第30話
魔窟の中に入れば、珍しく煙草の匂いはしなかった。そのかわり昨日いかなった御幸がいた。御幸は「なんか久しぶり?」と、ヘラりとした顔を赤い眼鏡の奥で見せていた。
その顔がいやで視線を下に向ければ「冷たいねぇ」と、やっぱり笑っていた。
定位置になっているソファに座ろうとした時、どこからかマナー音が聞こえ。それはまるで昨日と一緒だった。
「…電話してくる」と、外の扉へと向かう柚李の背中。そんな柚李はまた扉から出る前に「どうした?」と、優しく穏やかな声を出していて。
その声のトーンが、やけに耳に届いて。
閉まった扉を見ていたら、「今の電話、」と、御幸の声がした。
「女かな?」
くすくすと笑っている御幸は、まるで私の反応を見ているかのようで。その笑い方に顔を顰めた私は、黙り込んだままお尻と鞄をソファの上におろした。
「ナナモテるからねぇ」
「…そうですか、」
「月ちゃんもナナの事大好きだよね? 今の電話、ヤキモチやいた?」
「……」
「そんな事ない、とかいらないから。泣きながら柚李さん助けて〜って、あんなのナナの事好きじゃなきゃしなくない?」
ふふふ、と、ソファに寝転んだ御幸は「分かりやすいね」と、少しだけ御幸の方へ睨んでいる私へと、笑いかけてくる。
「月ちゃんは一応流雨の女だから、ナナにあんまベタベタすんの良くないと思うけどね?」
「……ベタベタなんか…」
それに、流雨の女なんて…。
彼女でもなんでもないのに。
「そお?じゃあナナのこと嫌い?」
「……」
「ナナ、良い奴だもんね?優しいし、強いしかっこいい。すぐに庇ってくれるし」
「…やめてください…」
「やめときなよ?月ちゃんは流雨の。ナナは月ちゃんのものにはならないし、考えるだけ無駄だから」
「…好きじゃありません…」
「だったら電話くるだけで、嫉妬しまくりの顔しちゃだめだよ?」
ふふふ、と、御幸が笑う。
まるで私の心を見透かしたように。
それが嫌で嫌で、「…好きじゃありません」と、もう一度強くそう言った。
御幸は楽しそうに笑っているだけ…。
「まあ、ナナは女なんかいないけどね」
「え?」
「あの電話、多分弟だよ」
弟? 柚李の?
顔は似てない弟…。
確かこの前、宿題を教えてってうるさいと、そんな事を柚李から教えてもらった気がして。
仲がいい、兄弟。
「ナナ、最近帰るの遅いだろ? だからああして電話かかってんくんの」
「…え?」
「小学生が、あいつが家に戻る夜の11時から遊べると思う?」
「…」
「大好きな弟よりも、〝姫〟を選んだ男。月ちゃんはさぞかし気分がいいんだろうなぁ」
「…」
「俺は意地悪で言ってるんじゃないよ?でもいずれ月ちゃんがきづくから。こうして早めに言ってるだけ。感謝してね?」
どうして晴陽が昨日、あんな事を言ってきたのか分かった気がした。
ナナの送りは嫌だと。
私が泣きながら言ってくると。
「俺もやめてね?女の子と遊べなくちゃっちゃうから」
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