第25話

「──…電話してくる」



柚李がそういったのは、魔窟に入った直後だった。スマホを耳にあて「どうした?」と言いながら部屋を出ていく柚李の背中を見送った。


部屋の中は晴陽がいた。

御幸と流雨はまだ来ていなかった。


晴陽は私を見ることなく定位置になっているソファの上に座っていた。特に何をしているわけでもなくて、頬杖をつき何かを考えている様子だった。


その横に座る私は、静かに嫌で嫌で仕方ない流雨を待った。柚李、はやく戻ってこないかな。誰と電話をしてるんだろうと思いながら。


そう思うと自然と柚李が出ていった扉に目を向けてしまう。あそこの扉を開けるのは柚李がいいと…。


じ…と、扉の方を見ていたら、それに気づいたらしい男が「また流雨が妬くよ」と、少し笑い気味に言ってきて。


は…、とし、扉から晴陽の方を見れば、さっきと体の形は変わってなくて。何かを考えているように頬杖をついたままだった。



「随分とナナに懐いてんじゃん」



そう言った直後、ゆっくりと頬杖をやめ、腕を組み。私の方に顔を向けて口角をあげた男の視線と重なり合った。



「……そんな言い方…」


「そうか?今も置いていかれた犬みたいだったけど?」



横に座る晴陽は、「ナナは俺のだからあげないよ?」と意味の分からない事を言ってきて。



「…意味…分かりません……」



そのまま心に思った事を口にすれば、晴陽はくすりと笑った。



「月も俺のわんちゃんになる?」



だから本当に意味が分からない。

なるわけない。

この人のどこが、憧れなんだろう。


人を、人扱いしない人なのに。



「きらい、です…」


「ほら、おて」



そう言って、腕組みしていたのを解き、私に向かって手のひらを見せてきた。



「あなたが、憧れとか、意味分かりません…」


「憧れ? 何の話?」


「宮本くんが雲の上の存在とか…、憧れとか…言っていました……」


「ふうん?宮本が誰か分かんないけど」



宮本が誰か分からない?

それなのに護衛を任せているの?

不信に思い、晴陽を見れば、先程まであった手のひらはまた腕組みされていた。



「…学校の、護衛の人です」


「護衛?……宮本…──ああ…ミヤか。なに、また護衛に関して文句あんの?」




ミヤという名前しか知らない。

宮本が分からない。

宮本くんが憧れている晴陽は、宮本の名前さえ知らない…。



「どこに、憧れがあるのか…分からないです…トップだからですか…」


「トップって言い方ダサくない?」


「……最悪なのに…」


「なに、今日はめっちゃ煽ってくんじゃん。もしかして口説かれてる?」



そんなわけない、と、彼を睨んだ。

それでも彼が怖いらしい。

にらむ、ではなく、見つめるだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る