第32話

「ああ、もうこんな時間ですね。今日はもう帰っていいですよ」

三村さんの声に壁の掛け時計を見ると、針は17時30分になろうとしていた。

あ、早く着替えないと今日は私の歓迎会を開いてくれるんだった。


「はい」

「今日は歓迎会に行くんでしょう?」

「えっ? どうして知ってるんですか?」

三村さんは、会社の事なら何でも把握してるんだろうか。


「光輝が1課と受付係のメンバーで市原さんの歓迎会をするんだと張り切っていました」

「あ〜なるほど。そうなんですね」

言い出しっぺは光輝君らしく、彼が声をかけ参加希望の有志だけで集まってくれるらしいんだよね。


「ええ! 俺、そんなの聞いてないけど」

拗ねたように唇を尖らせたキングは、

「当たり前でしょ、言ってませんよ」

と三村さんに一刀両断される。


「はぁ? ねぇねぇ、瞳依ちゃん。君をスカウトした俺が行かない歓迎会とかありえないよね」

三村さんに向かって拗ねた顔をしたキングは、私を見る。

縋るように問いかけ来ても困るから。


「キングは裏予約が詰まってるから、無理ですよね」

私が組んだスケジュール通りに動いてくださいね。


「そんなぁ〜瞳依ちゃん連れなさすぎだろ」

「いえいえ。お忙しい身の上のキングに無理は言えませんよ」

来られたら来られたで困るってば。


「俺も行っていい?」

可愛く聞かれても、来ないでほしい。


「大変ありがたい申し出ですが、大企業の社長さんが一社員の歓迎会に参加とか恐れ多いです。では、時間なので失礼します。プリン、ご馳走様でした」

ブラックノートを持って立ち上がると、その場で一礼して足早に社長室を飛び出した。


食べたプリンの瓶を片付けなかったのは申し訳なかったけど、早々に立ち去るのが得策と思えたんだもん。


「瞳依ちゃ〜ん!」

キングの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、私が立ち止まって振り向くことは無かった。


歓迎会にキングが登場したら、歓迎会どころじゃなくなるよ。

出来ればプライベートでは関わりたくないんだよね。

樹にも、耳にタコが出来るぐらい言われるし。


この会社で働くのは仕方ないとしても、キングと無駄に距離を詰めちゃ駄目だと注意されてる。

もちろん、私だってそんなつもりは毛頭無い。


女好きのキングと親しくなっていい事なんて、きっとこれっぽっちも無い。

時々、キングの言動や仕草にドキッとさせられちゃうけど、それは観賞用だから仕方ないと諦めてる。


さぁ、気持ちを切り替えて、今日は飲むぞ〜!

久々の飲み会に思いを馳せたら、キングと一緒にパーティーに出席する話はすっかり頭から抜け落ちたのだった。

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