第8話

「…穂高」


『倭、戻ってきた。じゃあな』



電話を切った穂高に、私はゆっくりと耳からスマホを離した。


次の日、一緒に登校している穂高とエリ先輩を見つけた。楽しそうなエリ先輩の横では、笑っている穂高がいる。

一瞬だけ、穂高が私を見た。

けれども私が空気になったようにその場を通り過ぎた。



部活中、「晃貴くんって、凄い甘えたなんだよね」と、エリ先輩は近くにいる人達に聞こえるように、いつも私を虐めている人達と喋っていた。



「へぇ、どんな?」


「手、繋がないと歩かないの」


「え〜!」


「今日も一緒にいたいって、待っててくれてるっぽい」



惚気けてるらしいエリ先輩は、今日も私を苛めなかった。



帰り道、若葉と帰っている時その話題になり。


若葉は「エリ先輩、穂高と付き合ったんだ。なんなの今日のアレ、惚気すぎじゃない?てかお前がちゃんと部活しろよって感じ」と、エリ先輩の悪口を言っていた。



「穂高って、女の見る目ないね」



若葉の言葉に、肯定することが出来ず。



「若葉って、穂高のこと知ってるの?」



私と同じ小学校である若葉は、違う小学校からきた穂高のことをあまり知らないはずなのに。



「ううん、あんまり。でもすごいモテるみたいだよ?同小の子が言ってた」



モテる?穂高が?

爽やかな、サッカーとかしてそうな外見。

確かにかっこいいかもしれないけど。



「なんか、よくあるでしょ?クラスに1人2人、目立つ感じの。みんなあの男子が好きっていうタイプっていうの?穂高、そういうのだったみたい」


「へえ…」


「中学になってから、何人か告白したみたい」


「そうなの?」


「わかんないけど、そういう人を引き寄せるオーラがあるのかもね?」



人を引き寄せるオーラ…。



「そういえば、安藤も、違うクラスの子に告白されたみたいだよ」



穂高とエリ先輩のことを考えていた時、突然倭の名前を出されて「へ?」と変な声が出た。


倭?

告白された?

そうなの?


私、倭から何も聞いてない。



「ふられたみたいだけどね」



クスクスと笑った若葉は、「ふられるのが分かってて、告白するのって凄い勇気がいると思うけどね」と、その言葉をつぶやく…。



「ふったの?倭」


「みたいだよ泣いてたって」


「ふられた子?」


「うん」


「凄いね…、小学校の頃はそんなのなかったのに。今では付き合うとか…」


「そうかな、小学校でも付き合ってる子いたよ?」


「そうなの?」


「うん」


「そう…」


「奏乃はいないの?好きな人」




そう言われても、誰も思い浮かばなく。

考えてしまうのは穂高とエリ先輩の事だった。



「うん、どうだろう、分からない」







家につくと、倭からスマホに連絡が来た。『新作のプリン売ってるけど買っていこうか』っていう電話連絡だった。


私はプリンが好きだった。

けどエリ先輩の事とか、精神的な悩みのせいであまり食欲がなく。大好物のプリンを食べたいとは思わなかった。



「ううん、いい、ありがと。最近ダイエットしてるから…」


『ダイエットって、あー…だから最近痩せた?』


「うん」


『別に前のままでも良かったのに』



チョコを買ってきてと言った私に、痩せろデブって言ったのはどこのどいつだって思ったけど。



「ほら、可愛くなりたいし」


『…ふーん…』



それより、告白されたってほんと?って言おうとした時だった。『お前さ?』と、倭が声をかけてきたのは。



『最近、なんかあった?』


「え?」


『や、あんま家に来ないし…』



小学生の時は、いつも毎日のように倭の家に行っていた…。



「部活で忙しいから…」


『今から来る?俺ももうすぐ帰るし』



今から。

ちらりと部屋の時計を見る。

まだ夜ご飯も食べてないし、お風呂も入ってない…。



「ううん、今日はやめとく。ごめんね」


『奏乃』


「なに?」


『──…いや、なんでもない。じゃあまたな』




落ち着いたトーンで呟く倭はそのまま通話を切った。スマホを見つめれば待ち受け画面に変わり、倭の横顔の写真が視界に入ってくる。



その横顔を見ていたら、やっぱりプリン、買って来てもらえばよかったと少しだけ、後悔したような気がする。

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