第38話
「待ってよ。琉偉、曲とか作ったことあるの?」
「ないけど、できると思う。ゆきちゃんの録音を一通り聴いて、どういう歌でピッチがずれるのか、どういうリズムが苦手なのか、どのくらいで息が持たなくなるのか、肺活量も大体把握できたから、それに合わせてできる限り歌いやすい曲を作れば、少し練習してもらうことにはなると思うけどある程度のクオリティにはできる」
こ、怖……。
「最初は俺の作った曲を使って、他の曲でもピッチのズレがマシになるようにゆきちゃん自身も音感トレーニングをこれくらいの頻度で……」
突然ノートと万年筆を取り出した琉偉は、配信までの日数とそれまでに私が何をすればいいのかを書き出し始めた。
琉偉の字を初めて見た気がした。日本人に対してする表現としてはおかしいかもしれないが、日本語を書き慣れている綺麗な字だと思った。
「雪にオリジナル楽曲を提供するってこと……?」
玲美は開いた口が塞がらないといった様子で琉偉を凝視している。
「うん。そんなことで手伝いになるかは分からないけど……ゆきちゃんの歌をリスナーに楽しんでもらうためには、ゆきちゃんに合った曲、ゆきちゃんが歌いやすい曲も必要かなと思って。ゆきちゃん、何曲ほしい?」
「何曲も作るの?」
「うん。ゆきちゃんが過去に配信で言ってた好きなアーティストは全員覚えてるし全部聴いたから、ゆきちゃんの好みの傾向も分かってるよ。大丈夫」
こ、怖……。
別に私の好みに合わせてもらえるのかは心配してないし、今日恐怖覚えるの二回目だよ。
「それから、さっきも言ったけど、完璧じゃなくてもいいから気を張りすぎないでね。弱点があった方が可愛らしいし、そこもゆきちゃんの魅力になるから。俺以外のオタクだってきっと歌が下手なゆきちゃんも好きになると思う。だってゆきちゃんのオタクだもん」
琉偉が書き込んだノートのページを一枚切り取り、私に渡してくる。
そこには私に合わせたトレーニングメニューと、【ファイトゆきちゃん୧(`•ω•´)୨ 無理はしないでね!】というメッセージが書かれていた。
「……」
「ご、ごめん。嫌だった? 押し付けちゃった感じになったよね、ごめんね。ゆきちゃんが別の方法でやっていきたいならそれでいいし、決めるのはゆきちゃんだから俺のは一つの案として流してくれても……」
「……琉偉って凄いんだね」
分かっていたことだったけど。
琉偉は凄い。
「ありがとう。あんたを信じてこれでやってみる」
私はノートのページを受け取り、写真を撮ってから丁寧に折ってポケットに入れた。
琉偉がここまでやってくれるんだ。私も弱気になってちゃいけない。
完璧じゃなくてもいい、その言葉が私に勇気を与えた。
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