第37話




『……ってことがありましてぇ。ちょっとショックだったんですよね、今日は』



コメント欄には【yamato可哀想!】【言い方ってもんがあるじゃんね!】と空斗を励ますメッセージが多く寄せられている。


空斗の喋っている内容は、かなり改変されているものの今日あった私との出来事だ。



勿論私のことは男友達としていて、突然カラオケに連れて行かれ配信に対しての姿勢をバカにされ帰られた、ということにしている。


ファンのことが嫌いと自分が言ったところはさすがに言っていないようだ。



(いい話のネタを与えてしまったな……)



コメント欄を流れる励ましのコメントを見ながら、冷めた気持ちでそう思った。




「――ちょっと雪、聞いてんの!?」



後ろから聞こえてきた玲美の声にハッとして、yamatoの配信画面から退出してスマホをポケットに仕舞う。



今日は――久しぶりに玲美と琉偉、そして私の三人が揃える日なのだ。



琉偉はドラマの撮影が一段落したようで、約束通り玲美の家へやってきてくれた。


玲美の家は一軒家で、玲美だけが住んでいるわけではなく玲美のお母さんやお父さんも出入りしている。もし後を付けられていても女だけが住んでいる家に出入りしているわけではないので、親戚の家とか言って言い訳ができるだろう。



「ピッチがズレてんのよねえ。」



私が録音した歌ってみたを聴いた玲美の第一の感想がこれだ。



「これに雪のエロ可愛さをプラスするとしてもずっと見てられないというか……。聞くに耐えなくてオタクたちも途中退室する可能性がある。あ、でも音声ミュートにすればいいのかしら」



そこまで言う?



「玲美の求めるレベルが高いんじゃない?」


「なら城山琉偉にも聞いてみましょう。どう思う? 雪の歌」


「えっ、俺?」



あからさまに動揺し始める琉偉。



「素敵だよ、ゆきちゃん。すごく可愛い声だと思う」


「声の話は聞いてないのよ、歌のクオリティを聞いてんのよ」


「…………うーんとね、えっと……。正直その、客観的な意見を言うとうまいとは言えないと思うけど……」


「ほら見なさい! 盲目オタクでさえこの言い様よ」


「でも、そこもゆきちゃんの可愛いところだと思う! 弱点があった方が人間味も感じられるし、俺はこれでもっと好感度上がったというか毎日でも聴きたいというか目覚ましの音楽に設定したら幸せな気持ちで起きれそうだからこっそり俺のスマホに転送したいというか」



玲美と琉偉の会話を黙って聞いていた私は、なるほど琉偉がここまで言うってことは私の歌は余程下手なのだろうと悟った。


正直私は完璧に歌っているつもりなので玲美の言うピッチがずれているの意味が理解できない。何を変えればうまく歌えたことになるのか、それが分からない。



「やっぱり雪のこの歌のクオリティだと、企画としてちょっと歌ったくらいじゃうまくならないと思うのよね……。最初は視聴者からのリクエスト形式にするのはやめて、簡単な歌から練習していった方がいいと思うわ。リクエストは配信の最後の方だけ一曲二曲受け付けるくらいで」


「まぁ、玲美がそう言うなら……」



ここまで言われると不安になってきた。



私本当にこの企画できるんだろうか。順位が上がるどころか下がったらどうしよう……と少し不安を覚えていると、ずっと考え込むように動きを止めて私の録音を聴いていた琉偉が、急にイヤホンを外して口を開いた。



「もしゆきちゃんがよかったらなんだけど、」



そして、覚悟を決めたような真剣な声で続ける。





「ゆきちゃんがこの世で一番歌いやすいであろう曲を、俺が作ってもいい?」





…………はい?

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