第36話

「てめぇマジでふざけんな! その歌唱力で歌ってみたあげようとしてんのかよ! マイク買う前に練習しろや!!」



――――昼食後、お互い午後休であることもあって、何故か空斗と二人でカラオケへ行くことになった。


空斗も私の真剣な眼差しに本当にただ活動をよりよくするヒントを得たいだけなのだと警戒心を緩めてくれたのか、カフェテリアを出る頃には随分丸くなってくれた、のだが。



「歌詞は一切間違えてないのだけど」


「歌詞以外の全てを間違えてんだよ! 初めて見たわカラオケで点数一桁!」



空斗の私の歌への罵倒が止まらない。



「悪いことは言わねえから歌配信はやめとけ。お前の場合はいつもみたいな格好して踊っときゃいーから」


「歌下手な人間がうまくなろうとするって企画なんだから最初は下手でもいいでしょ」


「歌下手にも限度ってものがあってだな……」



音楽が大音量で流れているのを、空斗が止めた。



「いいか? 企画の方向性を間違えてる。下らないライバル意識で活動内容を俺に寄せてくんな。俺もお前も、売ってるのは性欲を餌にするコンテンツだ。寄せなくても根本的には一緒なんだよ。何を武器にしてるかが違うだけ」


「それは分かるけど、私はもうこの企画をやるって決めたし、一部のファンには伝えちゃってるから。意外性という意味では面白い企画だと思うし、このまま続行する」



そう言い返すと、空斗は異次元の者を見るような怪訝そうな目で私を見てくる。



「わかんねー、なんでそんな必死になれんのか。適当にやりゃいいだろ」


「適当にやっててもファンは好きで居続けてくれないでしょ」


「好きで居続けてくれなくてもよくね? 他人だし。少なくとも俺は活動のこと小遣い稼ぎにしか思ってねーし、ファンのことは嫌いだ」



同じ活動者として意外な言葉を聞いてしまい、思わず空斗の方を見返す。


……嫌い? ファンが?



「お前も分かるだろ? お前も俺も、相手してるのは性欲に支配された猿どもだもんな。気持ち悪いよな」


「ああ、まあ、キモい奴はキモい」


「あの雌猿ども、俺が普通に喋ってても“今日はシナリオ読まないんですか?”だぞ。あいつらの目的はセクシーコンテンツの消費。俺自身のファンじゃねぇ。あんな配信聞いて課金までして、みっともないよなぁ。この間とか全部で三百万する課金アイテム一気に投げられてドン引きしたわ」



ハハ、なんて相手をバカにしたように笑う空斗。


爽やかだったはずの笑顔は醜く歪んでいて、その顔は個人的に好きじゃないと思った。



「……もう帰る。付き合ってくれたお礼にここも私が払っとくから好きな時に出て」



掴んでいたマイクを置き、一万円札をテーブルの上に置いて立ち上がる。



「は? まだ時間余ってるぞ。用事あんの?」


「貴方に近付いたのは、興味があったから。同じ配信者の友達って居ないから、それが同じ大学に居るって分かって話がしてみたかった。仲良くなれたらとも思ってた。話してみたらそこそこ面白かったし。……でも、違った。貴方は仲間じゃない」



そりゃ最初はライバル意識だけでyamatoの配信を見て憎たらしく思っていた私だけど、分析すればするほどyamatoの演技が努力でできていることが分かった。


そんな人が、同じ配信者が近くにいるって分かって、嬉しかったんだ。……でも。




「貢いでくれてるオタクをそんな風に言う貴方とは、一生分かり合えないと思うから」




鞄を持ってルームを出る間際、振り返って一言そう言った。




私と空斗とでは、根本的にオタクに対する考え方が違う。

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