第35話




数日後コスプレ衣装が家に届き、企画の内容自体は定まってきた。


同時進行で通常通りのセクシー写真もアップしなければならないためちょっと大変になったが、これもyamatoに勝つためだ。





そんなある日、遅くまで写真編集をしていて寝不足なまま大学へ向かった私は、混雑した食堂で食券を買おうとしてある人物とぶつかった。



「「あ」」



二人同時に声が出た。


ぶつかった相手は――yamatoだ。


黒髪の爽やか塩顔イケメン。こんなのが大学で歩いてたら女子からキャーキャー言われるだろう。



yamatoが瞬時に後退りしこの場を立ち去ろうとするので、思わずその腕を掴んでしまった。



「どうして逃げるの?」



私の言葉で、yamatoがちょっと顔を顰める。しかしそれは一瞬のことで、その顔はすぐに笑顔になった。



「すみません、友達が待っているので」


「この間マイク選びに付き合ってくれたお礼がしたいんだけど。もしよかったら連絡先交換しない?」


「ナンパですか? すみません、そういうのは……」



――やっぱりyamatoだ。何度聞いても、この声は。


確信した私は手に力を込めた。



その時。



「おーい、空斗くうとー。もう席取ったぞ」


「……あれ、何その女。またナンパされてんの?」



yamatoの友達らしき男たちがぞろぞろとこちらに歩いてくる。



「あ、俺この子知ってる! あれじゃん? ネットでグラビアアイドルみたいな写真あげてる子。ゆきだっけ?」



その中の一人が、私を指差してそう言ってきた。


私はこういう活動をしていることを隠してはいないし、こいつの言う通り学科内で有名な話ではあるのだが、yamatoは全く知らなかったようで目を見開いた。



……ああ、その反応、“ゆき”を知ってるな? と確信する。


そりゃそうだ、私と同じ配信で稼いでいる身なら、ライバルをチェックしているのは当然のこと。


家電量販店で私を見て多少似てるとは思っただろうが、まさか本人とは思っていなかったというところだろう。



「空斗やるじゃん。こんな子捕まえて……」


「空斗っていうんだ? 本当に本名、ヤマトじゃないんだ」



私がそう言った途端、yamatoの顔が歪み、私の反対側の腕を掴んで走り出した。


友達から私を引き離すように、凄いスピードで私を連れて出口へ向かうyamato。





そして、食堂の外へ出たかと思えば、ダンッと廊下の壁に私を押し付けて手を付いた。



「――何が目的だよ」



先程までとは全く違う、ドスの利いた声。


よくボイトレしてる声だなと、私の頭はこのような状態にも関わらず案外冷静な分析をした。



「お前俺のファンなの? キメーんだけど。どうやって特定したんだよ」


「別にあれこれ努力して特定したわけじゃない。声聞いて分かっただけ。お友達に隠してほしいなら隠しとくし」



そう言うと、yamatoはほっとしたように壁に付いていた腕を下ろした。



……ていうか、爽やかな見た目の割に敬語外すと口調は荒っぽいんだな。こっちが素?



「マジで……俺、これまで身バレとかしたことなかったのに……」


「まぁ、yamatoは徹底的に写真あげないもんね」


「おまっ……学校でyamatoって呼ぶんじゃねぇ!」



焦ったように周囲を警戒するyama……空斗。


まぁ、あんなシナリオ夜な夜な朗読してるってリアルの友達に知られるのは恥ずかしいわな。絶対興味本位で配信遊びに行く奴出てきそうだし。



「バラす気もないし、あんたのファンでもないから安心して。折角身近にいるなら色々話聞きたいと思っただけ。――時間ある?」



腕を組んだままそう問うと、空斗は物凄く嫌そうな顔で頷いた。


まぁこの状況、空斗に拒否権ないからね。






――場所を変えるため、講義棟付近のカフェテリアへ移動した。


空斗は一緒に御飯を食べる予定だった友達に先に連絡をしていたが、一体どんな言い訳をしたんだか想像すると少し可笑しかった。



「単刀直入に聞くけど、空斗って声優学校とか通ってるの?」


「ハァ? ……通ってねぇよ」



何言ってんだ、という顔をする空斗。



私の奢りだと言ってサンドイッチセットを頼んだのに一つも口を付けてくれない。緊張しているのだろうか。



「私の友達が、全くの素人にしては台本の読み方がうまいって言ってたの。どうやって練習してるの?」


「そりゃ、ネットに出てる記事とか、トレーニングの資料とか……あとは本とか読んでるだけだ。プロの演技聴いて再現するのを一番やったかな。元々声真似が得意だったし、こういう活動始める前は声真似界隈にいたんだよ」


「ふーん……」



なるほど、そういう経緯なんだ。



コーヒーを啜りながら、目の前にいる私と同い年の大学生空斗を見る。


空斗のファンも、空斗がまさかまだ大学生だとは思っていないだろうな。



「話がそれだけならもう帰るぞ。二度と俺に関わんな」


「あ、待って」



立ち上がろうとする空斗の裾を掴む。



「もっと色々聞きたい。歌配信のコツとか、視聴者を飽きさせない工夫とか。私を超えて一位を取れてる理由のヒントが欲しい」



そう言ってじっと見つめると、空斗はちょっと驚いたような表情をした後、頭を掻いた。



「何お前、俺にライバル心抱いてんの? ゆきだっけ、露出界隈の子だよな」


「そう。」


「張り合うの意味ねーだろ。男カテと女カテはそもそも別種なんだよ。お互い一位、それでいーじゃん」


「私は嫌なの」



ムッとして言い返すと、空斗はハァと溜め息を吐いて、「変なヤツ」と文句を言いながらも席についた。

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