第34話

『え? そう?』


「漫画的な表現するなら今完全に目にハイライトがなくなったよ。まだ体調悪いの? 調子が悪いなら特別に別日に振り替えやってあげるから、無理に今日通話しなくても」


『体調は全然悪くないよ。ゆきちゃんに言われてから俺、体調管理もしっかりしてるし休息も何とか時間作って無理矢理取ってて……』



流れる暫しの沈黙。ビデオ通話中いつも笑顔な琉偉にしては無表情だった。


その後、琉偉は言い辛そうに口を開く。



『これってその、男の人といちゃいちゃするシチュエーションボイスって感じだよね?』


「いやまあ、そうだけど」


『ゆきちゃんがこういうの聴くの、ちょっと嫌かもって思っちゃった』


「……え」


『ゆきちゃんは仕事だし、ランキングは知名度に影響してくるだろうし、ライバルの分析をしなきゃいけないのは分かってるから聞くなとも言えないのは分かってるんだけど。でもせめて、早くこいつがゆきちゃんの眼中からいなくなればって……』



ぶつぶつと呟く琉偉を見て確信した。



――――こいつ、拗ねてる!?




「いやいやいやちょっと待ってよ。私はあくまで分析のために聴いてるだけであって好んで聴いてるわけでは」


『分かってる、分かってるけど……。でもコメント欄は【耳が孕む~~~っ】とか歓喜の声が多いから女性は意外とこういうもので興奮するのかなって。ゆきちゃんが一歩間違ってハマっちゃったらどうしよう? 俺やだ、ゆきちゃんの耳が他の男の声で妊娠するの……』



耳が妊娠するって何だよ。人体の神秘を易易超えるな。



『ゆきちゃんの耳に他の男の囁き声が入るくらいなら、俺、ゆきちゃんの耳を切り落として剥製にするよ。でもそうしたらゆきちゃんの生きる上での楽しみが減っちゃうのかな……音楽とかも聴けなくなっちゃうもんね。ゆきちゃんから笑顔が減るのは嫌だな……やっぱりこのyamatoって男をゆきちゃんの中から早めに消すのが一番いいよね』


「お、おう。そうだな。今なんか凄い怖い発言された気がするけど気のせいだよな。琉偉が前向きに私の活動を応援してくれてるみたいで嬉しいよ。ありがとうね。これからも穏便に推していってね」



思わず早口になってしまった。駄目だこの男、下手したら暴走しかねない……。



そこでふと、夕方の玲美の発言を思い出した。琉偉にとって私はどういう存在なのか、という発言だ。ひょっとしたら本当にただのファンのつもりで、それ以上は望んでいないのかもと思っていたが……。



「……琉偉ってあるんだね。私に対して独占欲」



ぽつりと声に出して言ってしまった。すると、琉偉が急に恥ずかしそうな顔をする。



『ご、ごめん』


「や、別に謝らなくてもいいけど」


『あるよ、そりゃ。独占欲とか、叶わない恋心に苦しくなる時だってある。リアコってそういうものだから』



リアコ、リアルに恋してるの略。芸能人、舞台役者、ゲームやアニメのキャラクターなどを対象にガチ恋している人がよく使う言葉だ。



「――やっぱり私のこと好きなんだ?」



何となく聞いた。


アイドルとして好き、崇拝対象として好きだとは何度も言われたことがある。でもそういう意味での好きは、男としての好きは、まだ琉偉の口から聞いたことがない気がして。



『俺にとっては恋だって言ったでしょ。……俺がもっと立派な人間になったら改めて言わせて、これは』



返ってきたのは予想外の答えだった。



真剣な表情でそう返してきた琉偉の顔はこれまでの人生で見てきたどの男よりも美形だ。


芸能人って凄いんだな、美容への意識とか、顔面の造りとか。




「……琉偉」


『何? ゆきちゃん』


「そろそろ今期のドラマも終わる頃だよね。もしそっちが片付いたら、協力してほしい。お金に物を言わせない形で」


『えっ……またゆきちゃんに会いに行ってもいいってこと?』


「ビジネスパートナーとしてだけどね」



ただでさえ才能の塊であるこいつの、私の中からyamatoを消したいというその情熱、エネルギーを利用しない手はないと思った。

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