第3話

「じゃあ、連れて来なさい。私が殺すから」

「……はい、クリスティーナ様」

 騎士は扇子を拾いながら目を伏せる。

 クリスティーナは馬車に乗りながら、絶対ルークと結婚してやると呟いた。

 

    ◇

  

 なんだか派手なお姫様だったけれど、ルークに片思いなのね。

 キャルは侍女のサリーにブラッシングされながら、先ほどの出来事を思い出した。

 美人だったけれど、性格は悪そうだったな。

 イケメンは大変だ。


 欲しいだけ犬をあげるよってどういうことなのだろう?

 ルークはいっぱい犬を飼いたいのかな?


「キャル様、赤いリボンと青いリボン、どちらがいいですか?」

 サリーに聞かれたキャルは青いリボンに鼻を近づけた。

 なんとなくさっきの派手な赤いドレスの人のようで、赤いリボンが嫌だったのだ。


「青ですね!」

 サリーが首輪にしては大きすぎる青いリボンをキュッと結びつける。


「可愛いです」

 鏡を見せられたキャルは、どこからどう見てもポメラニアンな自分の姿にガッカリした。

 可愛いけどね!


「お水です!」

 甲斐甲斐しく世話をしてくれるサリーも犬が好きなのかな?

 年は私と近そう。

 犬の姿じゃなかったら友達になれたかな?

 

 全く歩いていない散歩で疲れるわけがないけれど、なんだか眠たくなってしまった。

 ソファーは日差しがぽかぽかで、窓からは心地の良い風が入ってくる。

 うとうとし始めたキャルはソファーに顔を近づけた。

 すぐに閉じてしまう瞼に逆らえない。

 

 そのままキャルは深い眠りに落ちた。


「……ごめんなさい、キャル様」

 サリーは睡眠薬入りの水を飲んで寝てしまったキャルをシーツでふわっと包み込んだ。

 誰にも見つからないことを祈りながら裏口向かう。


「あれ? サリー、まだシーツあったの?」

「あ、えっと、キャル様の足に土が」

「あー、さっき散歩から戻って来たから! 洗い直しなんて大変だね〜」

「ううん、平気」

 サリーは急いで裏口の扉を開け、こっそり建物の裏へ。

 木陰に隠れていたレイド国の騎士がサリーの前にスッと姿を現した。


「……本当にお母さんを助けてくれるんですよね?」

「あぁ。早くしろ」

 サリーがシーツごとキャルを渡すと、騎士はシーツの中を確認し、ニヤッと笑う。


「ちゃんと薬は届けてやる」

「あ、ありがとうございます」

 急いで立ち去る騎士を見送ることなく、サリーもバレないようにあわてて屋敷の中に戻った。


「あっ、サリー! 大変なの! キャル様がいなくなっちゃったのよ!」

「今ね、ルーク様が部屋に行ったらいなかったって。一緒に探して!」

「う、うん」

 犬だから逃げちゃったってことにすればバレないよね?

 キャル様だって犬がたくさんいるレイド国の方が幸せだよね?

 お母さんの薬のためには仕方がない。

 今までだってルーク様の予定や興味を持った物や誰から手紙が来たかをレイド国に報告してお母さんの薬をもらっていたし、きっとバレない。

 でも、もしバレたら、もし……。


 バンッという大きな音に驚いたサリーの前をルークが通過する。


「ルーク! 待てって!」

「追いかけるぞ、チャーリー! 急げ!」

 レイド国にキャルが攫われたと走って行くルークを補佐のチャーリーは必死で追いかけた。

 馬に飛び乗り、あぜ道を駆け抜ける。

 

「なんで攫われたって」

「森の瘴気がレイド国方面に向かって順番に晴れているからだ」

 キャルの力だとルークはチャーリーに説明した。

 

 クリスティーナが攫わせたに決まっている。

 幼馴染だが、そういう自分勝手なところが昔から大嫌いだ。


「今すぐ止まれば命だけは助けてやる」

 ルークの警告は聞かず、白い布を抱えたまま馬を走らせる騎士。

 ルークはグッと手綱を握った。


 前方にはレイド国の馬車と騎士たち。

 このままでは不利だが突っ込むしかない。

 ルークはキャルを抱えた男の馬を抜かしながら男を脅す。

 失速した馬から飛び降り、レイド国の馬車の方に逃げる騎士をルークは捕まえた。


 ルークと騎士は揉み合いに。

 ようやくキャルを奪い返したが、ルークとチャーリーはレイド国の騎士たちに囲まれてしまった。


 こちらはルークとチャーリーだけ。

 レイド国の騎士はおよそ10人。

 犬も10頭。


「……キャル」

 ルークがシーツを捲ると、キャルの小さな耳がピクッと動きホッとする。


「ルークの顔に怪我はさせちゃダメよ」

 あの顔が好きなのとうっとりするクリスティーナの言葉に、ルークは眉間にシワを寄せた。


 なんだか犬の声がうるさい……?

 犬の唸り声でキャルはゆっくりと目を開けた。

 だが目の前は真っ白。

 これはどういうこと?

 ウゥゥ〜という犬の威嚇する声が聞こえるけれど、犬になっても犬の会話が聞こえるわけじゃないことにガッカリする。


 キャルはようやく白い布から顔を出した。

 これはどういう状態?

 なんでドーベルマンがいっぱい?

 なんであの人たち剣を構えているの?

 あ、派手なあの女の人だ。

 

「キャル、気が付いたか?」

 見上げればイケメンのルークの顔。

 でもちょっと困った顔?

 どうしたの?


 犬たちの威嚇はどうしたのだろう?

 まさかルークを威嚇している?

 ドーベルマンは見た目が凛々しいんだから、むやみに威嚇とかしちゃダメでしょ。


「キャンキャン!(おすわり!)」

 キャルは介助犬訓練士のつもりでドーベルマンたちに指示する。

 ドーベルマンは嘘のように大人しくその場におすわりした。


「キャン!(伏せ!)」

 地面に顔をつける犬たち。

 その場の全員が異常な状態に息を飲む。


「キャルに従っているのか……?」

「そうみたいだね」

 ルークとチャーリーはキャルを見つめる。

 レイド国王女のクリスティーナはギリッと奥歯を鳴らした。


「ルーク。俺たち犬は斬れないけれど、人なら正当防衛……かな」

 微笑みながら剣を手にするチャーリー。

 待って、優等生眼鏡のくせに剣を使えるの?

 セコくない?


「おまえら如き、片手で十分だ」

 ルークはキャルを抱っこしたまま、剣を鞘から抜く。

 

「キャウ?」

 何そのヒーロー発言!


「何よ、そんな犬!」

 あ、完璧な悪役発言。

 キャルはペロッと舌を出しながら、真っ赤なドレスの女性を眺めた。


 ルークを好きなんだよね?

 でも剣を向けちゃうの?

 よくわからないなぁ。

 まぁ、イケメンなのは否定しないけどね。


 私だったら、好きな人には優しくしたいな。

 キャルは短い足をルークの顔に精いっぱい伸ばした。

 全く届く気配はないけれど。


 怪我はしてほしくない。

 剣で斬られたら痛いでしょ?

 よくないよ。


「……キャル? 怖いのか?」

 まんまるな目で見つめられたルークは思わずキャルの小さな口に触れるだけの口づけをする。

 犬だけれど、これはファーストキス!


 短いキャルの手は光りだし、人のような手に。

 ふわふわの毛は輝く長い髪に。

 急に背が高くなったかのような奇妙な感覚にキャルは首を傾げる。


「……女神だ」

「まさか、女神様に剣を向けてしまったなんて」

 驚きすぎて剣を落とした騎士たちは全員その場に跪く。


「キャウ?」

 あれ? 人の手だ。

 でも人の言葉が話せない?

 見上げれば犬の時よりも近くにイケメンの顔!


「キャウ!」

 近い! イケメンが近い!


「キャルの目は黒いのか」

 犬の時と一緒だなとイケメンルークに破壊力満点の笑顔を向けられたキャルは真っ赤な顔になった。


「女神の遣いは渡さない」

 すっかり大人しくなった犬たちと戦意喪失した騎士たち。

 残るはおまえだけだがどうする? とルークはクリスティーナを睨みつけた。

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