黄家の嫡子 と 黒家の娘
桜咲幽人(おうさきゆうと)
第一話 領家に生まれた子どもたち [五三頁]
其の一 [一三/五三]
……おや?
少年の
酒楼の二階。ソル・ジュノは
そのジュノの視線の先…――。
その少年は、今しがた酒楼を出たばかりの男らを追って背後から近づくと、
そうしてわずかの間、男ら二人の間に割って入って
「ごめんなさい……!」
と、ふたたび距離を取ったときには、少年は男の懐から
男らは、少年がそそくさと後ろ手に去っていくのを見送ると、ふん、と鼻を鳴らして歩みを再開した。もちろん自分たちに何が起こったのか、わかっていない。
さて、そんな
〝世界の富の集まる地〟とも呼ばれる
だがクユヌの国を統べる五
やがてジュノは、面白いものを見物できたと満足すると望台の
思いのほか背丈がある。
そのすらりと
酒楼の女主人の姿を捜して視線を楼閣の中へと
ジュノは〝やれやれ〟と嘆息すると、きびすを返して人馬の男どもの視界から外れるように望台から素早く離れた。
そうして背後に進み出た女主人と目が合うと「あとはまかせた」との目線を向けて頷き、そそくさと階下へと下りていく。女主人が一礼してその背中を見送った。
もう陽も中天の低い位置に移ろうとしていた。
* * *
チェ・グァンリョルは気乗りのしない手綱さばきで馬を駆る。
都に上がってまだ四日しか経ってはいないが、五
――俺は何をやっている……。
マ・グァンリョル……
いや、
そのような心中の憂愁が手綱さばきをさらに鈍らせる。
と、そのグァンリョルの馬の隣に、セミの駆る白い駿馬がぴたり寄せた。
「グァンリョル! ……あぁ、いいえ、
全力で逃げる鹿を追って疾走する馬上から、そう弾むような声で言うや、左右に並走する
グァンリョルは異母妹にこれ以上の無茶をさせられぬと、馬をさらに
* * *
夕刻。
グァンリョルとセミは、狩場のはずれの小川の水辺で、連れてきたチェ家の一党とともに焚火を囲んでいた。
獲物を並べ火を囲んで談笑する一党の姿は、大領家の貴族というよりは〝騎馬の民〟として鳴らす『マ族』の一行に見える。
マ族はチェ家の従える遊牧の民。主家のチェ家とともにクユヌの国政を
そんなマ族を己が支族とするチェ家もまた、武威に
「
火の前に座ったグァンリョルは、隣に寄って語りかけてきた
少しの間を置いて頷き、グァンリョルは言った。
「むかし通りにグァンリョルで構わないですよ、セミさま」
セミの表情が無邪気に和らぐ。すると愛らしい一五歳の乙女の
だがすぐに、セミは声音を改めた。
「あら、それはダメよ。グァンリョル(あ!) ――…あにさま……」
言う傍からまた
「では、セミ」 グァンリョルは、〝続けよ〟と頷いてやった。
それで気を取り直し澄まし顔となったセミは、自分自身をも戒めるように
「
グァンリョルがチェ家の跡取りと定められたのは去年のこと。それまではチェ家の血胤であることすら知らされていなかったのだ。
はじめマ族の中に育てられ、一〇年前、九歳となって統領正妻の末娘セミの
セミにとってグァンリョルは幼い時から側にあった忠実で信頼のおける存在であり、
それがわずか一年前、二人の実兄が相次いで
そういった過去にまつわる関係性――〝異母兄妹〟で〝主人と
そんなわけで、この一年来、このような〝滑稽なやり取り〟が交わされているのだった。一五歳の無邪気なセミは
「どうしましたか? せっかく都に上がったのに、今日はなんだか心
グァンリョルは異母妹に
「都というのは〝怖い所〟と聞いている。俺の居るべき場所ではないと、そう思うのだ」
「怖い所……」
「五領家の領主会議での主導権争いなど、俺の性には合わぬ。できれば今すぐにも帰りたい」
「…………」
異母兄の悲嘆の言に慎重な面差しとなったセミが、意を決して何か言おうとしたそのときだった。
やにわに周囲の草木が揺れるや、枝葉を散らして騎馬の一団が飛び出してきた。
まず一騎……次いで三騎……それから一〇騎と…――
あっという間に三〇騎近い人馬が姿を現し、チェ家一党を取り囲んだ。
その馬上の者どもは皆一様に奇妙な出で立ちをしている。白い揃いの装束に身を包んでいるのだ。
「な、何者だ? 我らはチェ家の者、そしてここはチェ家の狩場なるぞ!
チェ家の最年長の
だが白装束の騎馬の一団は、動ずることなく馬上からチェ家一党を見下ろして返した。
黙ったままの彼らに家人の剣を握る手に力が入る。
家人が暴発するよりも早く、グァンリョルは家人の肩に手をやり、前に進み出た。
「〝赤南〟チェ家が嫡子グァンリョルだ。この無礼、
ようやく、それまで黙っていた白装束のうちから一人が進み出てきた。
「無礼とはそちらである。神域を
それは女の声だった。
――巫女だと……?
それで気づく。
白い装束は巫女装束で、馬上の者は一人残らず女だということに。
――では我々は、獲物を追ううちに、知らず狩場からクユヌ
家人に動揺が走った。
セミが畏怖にその身を硬くするのが気配で伝わる。
グァンリョルもまた、
王を
クユヌ巫堂はクユヌに王が健在だった時代に、王家の霊廟を
時を経て王が追放されても、領主会議は巫堂を閉じなかった。
その理由は、領家の女たちがそれぞれに実家の内情を巫堂に持ち寄り、各家の〝
ゆえに『クユヌ巫堂』は、国の祭事を担うという権威と併せて、領家や領主会議から独立性を保つ存在なのであった。
そんな事情に身の縮む思いとなったグァンリョルは、その場で
それをできないでいるうちに、その
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【本作について/お願い】
「もっとこんな感じにしたら読むかも」とか、
「こういう所は直さないと読めないなー」とか、
「こういう所はいいと思うから続ければいい」……
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黄家の嫡子 と 黒家の娘 桜咲幽人(おうさきゆうと) @ohsaki
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