3,信頼は築くの一生、崩すの一瞬
第10話
3,信頼は築くの一生、崩すの一瞬
クローブはオンライン会議が終わるとパソコンをスリープにし、隣の部屋へ行く。
ノックするが、返事は無い。
「実ノ里? 開けるよ」
言って勝手に開けると、やはり部屋の隅でうずくまっている。
距離を詰め、涙を唇で拭うと、実ノ里の肩に留まっていたトマトさんが威嚇するように鳴く。
いや、実際、飼い主に害を成すものを威嚇しているのだろう。大した騎士(ナイト)だ。
原田には散々叱られたが、実ノ里のサインがある書類と弁護士を駆使し、実ノ里のここへの転居は決まってしまっていた。
生活保護はケアマネージャーが面談しないと解除できないので、実ノ里の変化待ちだ。
無断で実ノ里を抱え、ベッドに横たえる。
すぐに膝を抱えた体勢になり、
「ごめんなさい、返せない、払えないんです……」
もう飽きるほど聞いた言葉を繰り返す。
「実ノ里、オレが無理矢理君をここに連れて来たからいいんだよ。
君は何も払わなくていい。寧ろ、勝手にやった俺が詫びて君に返すべきなんだ」
普通、こんなことになったら怒るとクローブは思う。実際、自分の頬に平手打ちでも何でもしてもらって、実ノ里の気が済めばと思っていた。
だが実際は泣いて詫びるばかり。これには困惑する。
ケアマネージャーに、まさか、勝手に手続きしたら泣いているので事情を聞かせてほしいと言うわけにもいかない。
実ノ里の主治医は、実ノ里同伴でないと会えないという返事だった。
いっそスマートフォンを勝手に調べて話を聞けそうな人物を探そうかと思ったが、流石にそれは気が引けた。
と、ノックの音がする。
「入って」
クローブが応えると、扉が開いて使用人が食事を持ってくる。
二人分をテーブルに並べた使用人に下がるように言って、いつものように実ノ里を抱えて椅子に座らせる。
「これだけあって300kcalくらい。
さ、食べて」
【入院中】は、食べてくれた。体重が増えていくのが嬉しかった。
だが真相を知ってからは食べてくれない。
クローブの中で何かが切れた。
食材を口に入れて咀嚼すると、やおら唇を合わせて実ノ里の口に押し込む。
トマトさんがクローブに嚙みついた。小さな嘴で必死にクローブの唇の端を食い破ろうとしている。
クローブはトマトさんを掴み、籠に戻して餌を入れた。
籠の中で猛然とトマトさんが鳴き叫ぶ。
「俺に役得させてないで、次は自分で食べてね」
できるだけ優しく、食後に言うが、全て口移しで無理矢理食べさせた男が何を言っても無駄だと分かっていた。
気が付けば、原田が来ていて鬼のような形相でこちらを睨んでいる。
「……これで、どうなさるおつもりですか?」
実ノ里はまた、泣きながら部屋の隅にうずくまってしまった。
「ここから関係修復できるなら、お手並み拝見したいものです」
今まで付き合った女性たちは、適当にプレゼントをすれば機嫌よくしてくれた。
食事すら受け取ってくれない女性に何をすればいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます