第32話

「もうすぐだよ」

 先行するセイズが言ってくる。


 ガーネットとスペサルタイトが消えた後、二人は暫し呆然としていたが、やがてどちらからともなく進み始めた。


 イリア――巫女頭の名が気にならない訳はなかった。しかし、今はあの気配が近くにある。あの、ティーンすら敵いそうにない気配。よく知っている。ドルティオークの気配だ。


 四年半前に彼から全てを奪った張本人。彼を目の前にして、他の疑問に構っている余裕など、ティーンにはなかった。


 セイズに言われるまでもなく、ドルティオークが間近に迫っていることは気配で分かる。ティーンは、黙って左手の人差し指の指輪を外した。


 赤い硝子玉を押すと、それは簡単に外れた。 無言で呪法を発動させ、硝子玉の上部を削り取る。中は、どろりとした赤い液体で満たされていた。それを、飲み下す。独特の強い苦みが、喉に刺さった。


 呪法の気配に気づいたセイズがこちらを振り返ったのは、その時だった。


「……なるほど」

 ティーンの手から、空になった硝子玉――実際は、硝子そのものは無色透明で、あの赤色は液体の色だったらしい――を取ると、しげしげと見つめる。


「ホーセルとレズラは? あるのかい?」

 それを懐にしまいつつ、セイズが尋ねてくる。


「準備していない」


「隊長が泣くよ。

 ……まぁ、もう手遅れだから、何も言わないけど」


 言って、セイズは再び歩きだす。その後を歩くティーン。


 気配は、もうすぐそこだった。



◆◇◆◇◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る