第31話

雨は、止みそうになかった。小降りになるでも、勢いを増すでもなく、ただ降り続いている。


 誰も、何も言わない。セイズの後を歩き、森の中を進む。『禁忌』と思しき反応は次第に近づきつつあった。


 そんな時である。

「……もう……やめなよ」

 ぽつりとした呟き――下手をすれば雨音にかき消されていたであろう――に、ティーンとセイズが振り返る。

「だめだよ……そんなの……」


 声の主は、ガーネットだった。スペサルタイトに乗ったまま、俯き、呟いている。


「どうした? ガーネット」

 ティーンが尋ねる。俯いているせいと、呪法の明かりしかないせいで、彼女の顔は口元しか見えなかった。


「やめなよ。仇打ちなんて」

 今度は、はっきりとした声で、彼女は言った。顔の上半分を隠す前髪から、雨粒が落ちる。

「無意味だよ」


 暫し、雨の音だけが響く。三人の間の沈黙を破ったのは、ティーンの一言だった。


「無意味などではない。私は一族の無念を晴らす。

 ……仮令、返り討ちに終わろうと……私は行動する」


「そんなこと、誰も望んじゃいないよ」

 ガーネットの声に、ティーンの声が震え始める。

「私の家族は、私の目の前で皆殺しにされた。村中の、惨たらしく殺された骸も目にした。

 今でも、彼らの無念さが伝わって来る。生き残った私は、彼らの無念を背負っている」


「誰も無念に死んで行ったりしてないよ。みんなの望みは、生き残ったあなたが安らかに過ごすことだけ。

 復讐して欲しいなんて、誰も考えちゃいないよ。


 無念に感じるのは、あなたが怒りを通してしか見ていないからだよ。穏やかな心で見てごらん。死者は、平穏と、残された者の幸福を願ってる」


 ティーンの周りで、雨粒が弾ける。――彼が、大きく腕を振ったのだ。

 金色の瞳で、ガーネットを見据え、


「お前に何が分かる!? ただの噂で滅ぼされた一族が、何故無念に思わない!? お前が何を知っていると言うんだ!!」


「分かるから……知ってるから言うんだよ!」

 言い、ガーネットが顔を上げる。


 二対の金色の双眸が、対峙した。


 ――そう。顔を上げたガーネットの瞳は、金色に輝いていた。


「ガーネット……お前は……」

 戸惑いの色を見せるティーンの目の前で、ガーネットの姿が、スペサルタイト共々、足元から燃え始める。


 その身を炎と変えながら、ガーネットは更に言葉を紡ぐ。


「イリアも言ってたよ。生き残ったあなたには、あなたの幸福があるって」


「待て! ガーネット! お前は巫女頭とどういう……」


 ティーンの言葉が終わる前に。

 彼女の姿は、炎となって消えた。


「…………

 彼女……人間じゃないんだね」


 ティーンの瞳が青に戻った頃、セイズがぽつりと呟いた。



◆◇◆◇◆

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