第7話

広大な敷地の中に、やや大きめの建物が二つ、ぽつりぽつりと存在していた。正門は遠く離れており、正門からどちらかの建物に歩いて行こうとすると、三十分ほどかかる。そのためか、正門から二つの建物へ行く道と、二つの建物を結ぶ道とは、車道として整備されていた。


 そんな二つの建物のうちの一つ――白い石を積み重ねられてできたもので、半分は寮としてできており、もう半分に講堂だの訓練場だの教室だのといったものが集中している、呪法院と呼ばれるその建物に、彼らはいた。


 一人は、短く刈り上げた黒い髪と茶色の瞳の、やや痩せ気味の男。二十歳前後だろうか。少々ヨレたシャツに紺色のズボンといった軽装である。


 二人目は、まだどうにか少女と呼べるかといった年頃の女。赤い髪に赤い瞳。身を包むローブとマントも深い赤で、同じく深い赤の宝石の使われたピアス、ペンダント、指輪、バングル等を身につけている。一見して赤づくめの女である。一体どこに生息する生物なのか、牛ほどの大きさの鳥の上に座っている。


 三人目は、中肉中背、顔全体が笑ったようなつくりの男。こちらはマントはつけておらず、派手な色使いのローブを纏っている。左耳だけにつけた大きなピアスが印象的だ。


 他にも、あと五人ほど、この場にいた。これが、呪法院に現在所属する全てのメンバーである。ちょうど休憩時間なので、彼らはこの呪法院の屋外の、テーブルや椅子が設けられた休憩所に集まっていたのだった。


 と、椅子に腰掛け紅茶を飲んでいた黒髪の軽装の男――ウォルトである――が、視界の隅に車の姿を捉える。この辺りまで車道は続いていないが、辺りは草原である。車で入ろうと思えば入って来れるだろう。自動車は、一部の富裕層にしか浸透していないが、戦技院・呪法院の者となれば話は別だ。


 車は、少し奥まった所まで進み、森との境界線の前に止まった。この草原は森に囲まれるような形になっているのである。車からは、見覚えのある人間が三人ほど降りてくる。


「戦技院の奴らじゃねぇか……」

 ウォルトが呟く。この呪法院へ来て三カ月になるが、その間、何らかの理由で戦技院のメンバーと顔を合わせることも何度かあった。彼らは、その内の三人である。これで、戦技院の全メンバーの三分の一になるか。


「おい! お前ら、どーしたんだ?」

 ウォルトが声をかけると、三人はこちらに歩み寄りながら、

「暇なんでな。見物にきたんだ」

「暇?」

「休講なんだよ」

「休講って……お前ら全員か? 何でまた」


 問われ、三人は互いに顔を見合わせ、

「ま、じきに分かるよ」

 思わせ振りな事を言い、空いている椅子に座る。


「…………?」

 ウォルトが眉をひそめていると、また、車の近づいてくる音がする。見やると、二台の車がこちらに向かって来ていた。


 車二台は、彼らの前までやって来て、前後に並んで停まる。前の車から降りてきたのは、穏やかな笑顔を浮かべた、初老の婦人であった。


「ハウライド院長!」

 呪法院のメンバーの一人が声を上げる。彼女は、戦技院・呪法院の両方から離れた、院長専用の小さな別館に閉じこもっていることが多く、そこから滅多に出て来ないのだ。


「あ、いいのよ。緊張しないで」

 慌てて席を立とうとした面々に、おっとりとした口調で言うと、呪法院のメンバーの顔を一通り見てから、


「今日は、みんなの学友が一人増えるから、紹介に来たの」

 ハウライドのその言葉が終わらないうちに、後ろの車から一人の人物が降りてくる。


 男にしては小柄な体格。女のように長い金髪を細い紐でまとめている。厚手のローブをきっちりと着込み、上からマントを羽織ったその姿は――


「ティーン!」

 三カ月前に戦技院に入ったばかりの筈の、ティーン・フレイマだった。


 ウォルトが視線でハウライドに問うと、彼女は穏やかに頷いて、

「そうよ。彼が、今日から呪法院に入ることになった人よ。仲良くしてね」

 知り合いの子供に別の子供を紹介するような口調で言う。


「ティーン・フレイマだ。宜しく頼む」

 院長の横に来ると、ティーンは愛想のかけらもない口調で自己紹介をする。


「ティーン! お前、戦技院はどうした?」

 裏返った声で尋ねるウォルトに、ティーンは、落ち着いた仕草で懐からセルドキア王国の紋章の入った、赤を基調としたブローチを取り出し、


「昨日、終わった」

 それだけ言う。


 確かに、彼が手にしているのは、戦技院での過程を終了した者に与えられる終了証だ。

「お、終わったって……特級まで行ったのか?」


「行っちまったんだよ」

 ウォルトの問いに答えたのは、ティーンではなく、見物に来ていた戦技院のメンバーである。


「昨日ね、特級の最終試験とか言って、院長以外の教官が全員でティーンにかかっていったんだけど……」

「あっさり、全員のされちまってな」

「おかげで、教官はみんな病院送り。

 ……で、こっちは休講で暇を持て余してるってわけよ」


 口々に説明する戦技院の三人の声を聞いているのかいないのか、ウォルトはただ、あんぐりと口を開けていた。


「…………し、信じらんねー……。こっちなんか、ようやく第四級だってのによ」

「かなり優秀じゃないか」

「お前に言われても実感わかん!」


 冷静なティーンの声に、ウォルトが叫び返す。


「……ったく、化け物か。お前は……」

 なおもウォルトがぶつぶつと言っている側で、ハウライドが口を開く。


「ところで、ティーンの実力を測る上で参考にしたいから、ここにいる誰かと模擬戦をやって欲しいんだけれど……いいかしら?」

 誰も反対はしない。ハウライドは頷き、ティーンの方を向くと、


「じゃあ、好きな相手を指名して頂戴」

「戦技士としての技術は使ってよろしいのですか?」

「勿論、いいわよ」


 ハウライドの言葉を受けて、ティーンは呪法院の面々を見渡すと、

「では、そこの赤い髪の方。お手合わせ願います」


「え? あたし?」

 鳥に乗った赤ずくめの女が、自分を指さして聞き返す。


「おい! ティーン! そいつだけはやめとけ!」

 慌てて叫んだのは、ウォルト。

「そいつは一級だし、何より手加減って言葉を知らねぇ! ただの呪法おたくだぞ!」


「失礼ねー。手加減ぐらいできるわよ。……もっとも……」

 赤い髪の女は、横目でちらりとティーンを見やり、不敵な笑みを浮かべる。

「彼に関しては、あまりその必要はなさそうだけど」


「じゃあ、模擬戦はガーネットとティーンね。向こうの方でやってくれる?」

 ハウライドが草原の奥の方を指さし、二人はそちらに向かう。


 ガーネットと呼ばれた女は、鳥から下りると、ティーンの前に右手を差し出し、

「自己紹介しとくわね、フレイマ。ガーネットよ。……コードネームだけど。

 この子はスペサルタイト」


 最後に、ついさっきまで乗っていたオレンジを帯びた赤色の巨大な鳥を紹介する。


「……ティーン・フレイマだ。ティーンでいい」

 二人は握手をすると、間隔をおいて向かい合う。


「……では……始め!」

 ハウライドの声を合図に、二人は動き出した。



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