第5話
「ティーン・フレイマ、十七歳、ホサイド領出身。王立アカデミーを主席で卒業。所要年数三年半。特級戦技士、及び特級呪法士の特待取得……」
ティーンの目の前に座る初老の婦人は、そこまで資料を読み上げると机に戻した。机を挟んで真向かいに立つ彼に視線を移し、
「非常に優秀と言えるわね」
無表情な彼の反応を窺うように言った。
「………………」
「……これが、第二級以下の特待なら、何の問題もなく戦技院や呪法院へ行ってもらうのだけれど」
謙遜も自負も全く見えない、殆ど無反応と言えるティーンの態度を気にした様子も無く、彼女は再び口を開いた。
机に両肘をつき、組み合わせた左右の手の上に顎を乗せ、彼の青い瞳を真っ向から見つめる。
「第一級以上となると、それなりの志望理由が必要となるわ。無目的に強大な力を持ってもらっては困るから」
ティーンが呼び出されて訪れたのは、戦技院・呪法院の両院を統括する、セレネミア・ハウライド院長の執務室である。部屋自体は殺風景なものだが、机の隅に置かれた花瓶や、風に舞うレースのカーテン、壁に飾られた絵画などが、彼女の性格を物語っていた。彼女も若い頃は特級戦技士及び特級呪法士の資格を持ち、軍で「戦乙女」と呼ばれながら活躍していたと言うが……一線を退いた今では、こうして後進の指導に当たっている。
「勿論、志望動機はプライバシーとして絶対に公開しないから。
話してもらえる?」
「はい、ハウライド院長」
穏やかな彼女の声に、ティーンは頷き、
「私の目的は、リュシアの禁忌への復習です」
はっきりとした口調で、答えた。
「リュシアの禁忌。……悪名高いわ」
世界最大の宗教とも言えるリュシア教――そこから、一人の暴走者が出たのは、六年前のことと言われている。リュシアの教義を掲げ、それに反するものを悉く惨殺してきた。その活動範囲は、リュシアの権力外に及び、リュシアの教えなど知られてもいない地域でも、それに反するものを殲滅してきた。
無論、リュシア教もこれを黙認した訳はなく、暴走直後に当時六つあった聖騎隊――リュシアの武力部隊である――のうち第三聖騎隊・第五聖騎隊の両部隊を合同で送りだし、討伐に当たったのであるが……両部隊とも全滅した。教団側は最後の手段として、当時最強と言われていた第一聖騎隊、及び《リュシアの雷》と呼ばれていた教団の特殊部隊を送り出したのだが、これも壊滅。以後、教団にはもう打つ手は無く、傍観せざるを得ない状況になっている。
「彼に何か恨みでも?」
机の引き出しを開け、何かのファイルを取り出しながら、ハウライドはのんびりとした声で尋ねてくる。
「一族を滅ぼされました」
ティーンの声を聞きながら、ハウライドはファイルを開き、
「リュシアの禁忌に壊滅させられた部族は多いけど……」
と、そこでファイルからティーンの顔に視線を移し、続ける。
「あ、言わなくていいわ。レクタ族ね。……もう目の色が変わってるわよ。
確か……魔眼の一族ね」
「はい、しかし……」
「わかってるわ。魔眼はデマでしょ。第一、本当にそんな力があるのなら、むざむざ惨殺なんてされなかったわよ」
「……はい」
と、そこでハウライドは手にしたファイルをぱたりと閉じ、
「分かりました。その動機で、戦技院及び呪法院への入院を許可します。
……頑張ってね」
「ありがとうございます。……では、失礼致します」
ハウライドに一礼し、ティーンは執務室を去る。
――ティーン・フレイマを戦技院及び呪法院に入れる。これについては、彼女の決定ではなかった。リュシアの禁忌を持て余す国が、それに敵対するものに援助を惜しむなと圧力をかけてきているのである。無論、彼の動機も知っていた。
彼が出て行った扉を見つめながら、ハウライドはぽつりと呟いた。
「復讐は辛いわよ……。耐えられればいいけれど……」
無論、その呟きは誰の耳にも入らぬまま、カーテンを揺らす風に溶けて消えた。
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