25・もう一度見れて…

第25話

「遅刻しちゃうよっ、紅露」


茜さんが紅露さんの腕を引っ張ってる。


「…霞、行くよ」

「あっ…うんっ」


この作品をゆっくり見ていたい。


この場から離れたく無いのに。


私は今十夜霞になってるのを思い出し身が引き裂かれる様にその場を後にした。


私の曇った顔を紅露さんに見られてるとはこの時思いもよらなかった。


それからの授業は身に入らなかった。


帰る時刻になり皆鞄を持って教室から出て行く。


「またね〜」

「じゃあね、霞、紅露」

「バイバイ」


学校が終わったからもう家に帰るだけと教えて貰ったから鞄を持ったら後ろから手を繋がれた。


「!!」

「霞、おいで」

「紅露?ビックリしたっ」


手を引っ張られて教室を出る時に茜さんに見られていたなんて気付かなかった。


「紅露?何処行くの?」

「霞が喜ぶ所だよ」

「私の?」


私の喜ぶ所。


さっき音楽教室に向かう途中で見つけた刺繍作品。


それをもう一度見たいと願うけどきっと叶わない…。


えっ?待って…。


紅露さんの顔を見てもう一度見たいと願った作品を交互に見て尋ねた。


「紅露…どうし…」

「刺繍好きなんだろ?」

「…大好き」


目に涙が溢れそうになり慌てて拭いて紅露さんに笑顔を向けた。


「買いに行くか?」

「はい!行きたい」

「霞は笑顔が一番だよ」


そう言う紅露さんにハッと気が付いた。


「まさか気付いていたの?」

「勿論。霞の事なら見逃さないよ」

「…ありがとうございます。紅露」


こんな私を紅露さんは受け入れてくれたけどこの人は私の存在を不審がった。


「…ねぇ、アンタ本当に十夜霞?」


作品から目を離して声がした方に視界を映したら仁王立ちしていた茜さんが立っていた。


「えっ?何の事?茜」

「本当に十夜霞かって聞いてるのよ」


茜さんの視線が私の頭の先からつま先の先端まで上下する。


「紅露の側にいるのはアンタしか居ないと分かってるけどなんとなーくアンタじゃない気がするのよ」

「!!」


この人…鋭い。


「…バカか?お前」

「紅露?」


紅露さんがため息を付いて茜さんを見る。


「俺の側に居るのが十夜霞じゃなかったら誰なんだ?俺は霞しか側に置かないよ」

「それはそうなんだけど…!でも、紅露」


紅露さんは茜さんに近付いて茜さんの耳に囁いた。


「茜、それ以上霞を侮辱するならー」

「!!あっ…ごめん…なさい」


低い声で茜さんを注意してる紅露さん。


最後の言葉が小さすぎて聞き取れない。


「……っ」

「……」


慌てた様子で茜さんは去って行く。


紅露さんを敵に回すのはやめよう…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る