第38話

「……で、聞きたいことあんだけどよ」

 執務室に入るなり、サティラートは紙と羽ペンを手に取って、

【お前、お嬢に惚れてんだろ?】

 ファムータルに聞こえないよう、筆談を始めた。

「…………っ!

 だ、……な……何を……」

【伊達に19年もお前の兄貴やってねぇ。

 目が全然違うじゃねえか】


「…………。

 ………………」

 観念したように、丁鳩は

【ライと鈴華には内緒にしてくれ。

 というか、誰にも言わないでくれ】


「何でだよ!?」

【何で黙るんだよ! 口説かねぇのか?】

【先にライが好きになったんだ。ライが何もかも捧げて助けた命を、横から搔っ攫えるか?】


「お前……」

【祖母さんも礼竜に捧げたろ! お前!

 今度は惚れた女まで譲るのか?】


 丁鳩の乳母とは、サティラートの父方の祖母だった。

 つまりは丁鳩にとって義理の祖母だったのだ。


【どれだけ礼竜に譲る気だ!

 お前ばっかり悪評がつくような公務のやり方して、魔国じゃみんな王太子は厄介者って認識だ!


 そこまで礼竜が大事か!?】


【大事だよ! あの笑顔見たら、どんなものだってライに渡して後悔はねぇ!!

 ライが兄様って笑ってくれなくなるのが一番怖いんだよ! 今の関係が大事なんだ!!】


「………………」

 長い沈黙の後、

「オレが必要と判断したら、バラすからな」

 言って退出しようとするサティラートの背中に、


「兄貴……。

 もし兄貴が、俺が先に惚れた女に後から惚れたら……やっぱり黙るんじゃねぇか?」

 その呟きへの返事は無かった。

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