第33話
一時的にエリシア邸から泊っていた祖父も、丁鳩邸で静養している。
理由は――主に犯行現場のファムータルの居室と、カスの欲望の詰まった私室の二箇所に呪いが渦巻いているからだ。
呪いに穢された建物というのは、ただ掃除するだけでは呪いを拡げるだけだ。
呪いを清め、清浄に還してから、建築資材を分解し運び出し……それを浄化してから新たに建て直さなければいけない。
ファムータルの命を蝕んだ呪いは丁鳩が自身の血で解呪したが、例えばカスが犯行に使った白い花嫁衣裳だけでも、全て血だけで解呪するという手段を取れば偉丈夫の丁鳩が貧血になるほどである。
分家筋といっても、呪いは完全に王族レベルだった。
今、エリシア邸には国の筆頭の祓呪師が集団で詰めて解呪を行っている。運び出された建築資材は危険が無いよう、王都から離れた場所で浄化される手筈になっていた。
「あー! もう燃えろ!」
自棄になって叫ぶと、治療済みの手の甲をまた包帯の上から噛んで血を出して【一番厄介なもの】にかけて炎上させる。
厄介なもの……すなわち、純白の花嫁衣裳とファムータルの寝台である。
「勝手に俺の弟に手ぇ出しやがって! 消えろ!」
これまで手順を踏んで浄化していた丁鳩は手の甲から落ちる血を意に介した様子もなく、すっきりしたとばかりに笑う。
「殿下……あの、止血……」
「いい! ついでに血が止まるまで別のものも燃やすぞ!」
魔国の王家の呪いは魔国の血でしか解呪できない。
故に、エリシア邸の過去の傷は手配して浄化したエルベット王家だったが、行方知れずの元国王の巣窟だった王宮本殿は封印され放置されている。
もともと離れ扱いだったエリシア邸の隣に丁鳩邸が建てられたのも、近い場所から王宮本殿を監視するためだった。
魔国の血は、炎だ。
総てを焼き尽くすこともあり、適度に使えば利となる。
代々の国王はこの呪いの炎で国を治めてきた。
「下がってください!
ここは王太子殿下が燃やします!」
慌てて先触れが走り、最後の浄化の手順に入るところだった祓呪師を別の場所に向かわせる。
「殿下?
貧血で倒れる前にお止めくださいね?」
愛馬に跨り、血を流しながら走る丁鳩は、傷のついていない手をひらひら振るだけだった。
「すごいな……王族の炎……」
「ええ。でも……
【王太子殿下しか】この血は持ちませんからね……」
魔国が呪われて以来初めての風属性の王子・ファムータル。
本人には、まだ自覚はない。
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