黒鴉編 第二話
『管轄内のものに伝える。女性の遺体発見。東が丘区2丁目2-7。至急応答せよ。』
8月12日午前9時15分。ちょうど2丁目に入ったときに佐々木の運転する車内の無線が鳴った。
「こちら伊坂。2丁目に入った所です。これより急行します。いくよ佐々木 」
「はい伊坂先輩! 」
佐々木はスピードを上げ、アクセルを強く踏んだ。
佐々木は伊坂班に2年前来た。当時はまだ交通課から来たばかりの新人で今のような覇気はあまりなかった。伊坂班は、年齢層が若く2つ3つくらいしか離れていない刑事が多いのが特徴である。優れた観察眼と抜群なチームワークで様々な事件で手柄を上げてきた。皆伊坂にとって大切な第二の家族のような存在である。
遺体の現場は鴎川の河川敷に止められていた屋形船だった。付近にも数隻の屋形船が止まっている。すでに鑑識や伊坂班メンバーも駆けつけているようだ。
「早坂。現場の状況は 」
「伊坂巡査部長に佐々木遅いですね。被害者は所持品から見て丸山このみさん22歳で間違いないでしょう。鑑識によると死亡推定時間は昨夜2時過ぎから3時過ぎです。死因は薬の過剰摂取によるものだと考えられます。所持品のスマホに遺書のようなメモが残っていました 」
「普通の自殺ではなさそうね 」
女性の遺体は、正面で手をつなぐように倒れていた。まだ生きているかのように艶のあるまっすぐな黒髪で丁寧に化粧が施されていた。服もウェディングドレスのような純白のものだった。
通常の自殺者の遺体は髪は乱れ血の気のない顔をしている。また、荷物があたりに散乱していることが多い。
状況をいち早く伝えた早坂は佐々木よりも2年ほど早く入った伊坂班のメンバーである。他のメンバーもそれぞれ判断し捜査を始めたのだろう。
「遺体遺棄をした人がいるってことっすね。」
「第一発見者はあちらにいる山崎欣一さん42歳です。山崎さんはこの屋形船の持ち主で一昨日の営業終了から発見まで一度も来ていないそうです。奥様と結婚記念の旅行中だったそうでアリバイが確認されています 」
「監視カメラは?」
「今、宮下と藤岡達が近辺の防犯カメラの確認に行っていますがこの屋形船のカメラは電源と同時にスイッチが入る仕組みだったそうなのでデータがありませんでした。」
「そうなのね。佐々木、山崎さんに顧客リストを見せてもらえないか聞いてきてくれる? 」
「了解です! 」
この事件は死体遺棄事件の方向で捜査を開始した。
年々オーバードーズでの自殺は増えているが自殺した遺体遺棄は実例が少なく伊坂も少し動揺していた。すると、伊坂の仕事用のスマホが鳴った。
「はい。こちら伊坂 」
「俺だ。今捜査していると思うが捜査本部を立ち上げるそうだからキリがいいタイミングで来てくれ。12時には間に合うようにな。頼りにしてるぞ 」
「ご連絡ありがとうございます。日吉警部。こちらもそちらに向かいます 」
日吉警部は伊坂班ができる前まだ日吉班にいたときにとてもお世話になった先輩である。伊坂が巡査部長に昇進したときにはご飯をごちそうしてくれた。強面な顔と厳しい言葉をかけてくるが小学生の娘と息子を溺愛しており、結婚記念日には絶対有休をとる。
伊坂は佐々木や早坂に召集をかけ、本部に戻った。本部はいつにないくらい騒がしく、捜査1課長が来るまで鎮まることはなかった。
端麗のヴィーナス 髙橋。 @mu5021
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