第37話

居酒屋トーク会


 近くの居酒屋に三人で入る。週明けの月曜日だと言うのにすでに店内は多くのサラリーマンでがやがやしている。おかげで内緒話も逆に話しやすい。私と吉永さんが向かい合って座ると、当然のように私の隣に中崎さんが座ってくる。


「中崎は小森ちゃんがお気に入りだよなぁ…。経理課の美人の村岡さんに追いかけられてるのに…全く興味ない訳?」と吉永さんが言う。


「村岡さん?」と言いながらメニューを私に渡してくれる。


 速攻で酔えるウィスキーロックにしようと思っていると、渡したばかりのメニューを抜かれてしまう。


「十子ちゃんはすぐに酔うからウーロン茶にしたら?」と言われた。


「えー。私はロックで」と言い返した時に、吉永さんは耳ざとく「十子ちゃん?」と聞き返す。


「そう言えば…実家に何しに行ったんだよ?」と吉永さんは聞いた。


 その時、いいタイミングで店員さんが「お飲み物は?」とオーダーを取りにきた。


 結局、私はハイボールになったけれど、男性二人は生ビールを頼んでいた。


「それで…昨日、神社で、梶先輩とどうだったんですか?」


「あ…。うん。すごく綺麗だった」とぼんやり言う。


「何か進展ありました?」


「えっと、やっぱりすごく好きだって再確認した」と顔を赤くする。


 まだビールも運ばれていないからその赤さは照れている理由だと分かるし、進展も全くなかったということが分かった。


「あの…。告白とか…」


「まだ…。だって…どんなタイプが好きとか全く分からないし」とため息を吐く。


 私は中崎さんの方を見ると、中崎さんも首を傾げた。


「じゃああの時間は二人で歩いて、世間せけん話して終わったんですか?」


「いや、家族構成を話した。後は部活とか、大学生の頃の話とか…。意外だと思うけどバックパッカーしてたんだって」


 だんだん私の目は据わっていたと思う。そこへアルコールが運ばれてきた。


「とりあえずカンパーイ」と私が気をとりなそうと、笑顔で言って、グラスを合わせた。


「焼き鳥十本とポテトくださーい」と店員さんに言う。


「十子ちゃん、焼き鳥好きだね」と中崎さんが笑う。


「はい。唐揚げも好きですけど、焼き鳥です。中崎さんは?」


「おい。なんでお前たち二人が好きなものを知りあいっこしてるんだ。俺は…梶さんに少しも聞けなかったのに」


「聞いたらよかったんじゃないですか?」と私が言うと、ものすごく俯いて「何一つ聞けなかった」と呟く。


 一緒にいるだけで、現実感が薄れて幸せな気分になったが、肝心なことは何一つ聞けなかったので、私に探って欲しい、と頭を下げる。


「あのさ…そういうの自分でしたら?」と中崎さんが言ってくれたが、吉永さんは必死で私に頼み込む。


「だって小森ちゃん、梶先輩に気に入られてるだろう? だから聞きやすいかと思って」


「男性の好みですか?」


「うん…。なんか…ほんと気のせいかもしれないけれど…そういう話題を避けてるような気がして」


 梶先輩の持っている壁を吉永さんも感じているんだ、と私は驚いた。


「今度、焼き鳥専門店連れていくからさ」


「仕方ないなぁ…」と面倒臭そうに言っておくが、内心、喜んでいた。


 思わずにやける顔をメニューで隠す。


(焼き鳥専門店! 楽しみでしかない)と思っていると、中崎さんが携帯を取り出して、梶先輩を呼び出した。


 梶先輩はちょうど仕事が終わって会社を出たところで、すぐにこっちに合流するという。


「ほら、呼び出したから、直接聞いてみれば?」と中崎さんが吉永さんに言う。


「…え? マジで?」


「どうして? 焼き鳥」と私はメニューを思わず下げて、中崎さんに文句を言ってしまう。


「それ、僕が連れて行ってあげるから」と中崎さんが言う。


「専門店ですよ」と念押しをする。


「もちろん」と返事をしてくれる。


「ってかさ。ぶっちゃけ、中崎は誰が好きなわけ? 村岡さんじゃないとすれば…。秘書課の松川さん?」


 我が社ナンバーワンの美人秘書だ。


「そう言うのが、吉永のタイプなんだ」と中崎さんが言う。


「いや、タイプとかじゃなくて…。でも男なら好きになるだろう? あんな美人で、胸の大きい人」と言っている後ろに梶先輩が立っていた。


「吉永は胸の大きさが重要なんだ」と言う声で凍ってしまう吉永さんが少し不憫に思えた。


「お疲れ様でーす」と私は梶先輩に明るく声をかける。


「ほら、先輩来たから、吉永、奥に行けよ」と中崎さんが言う。


 ぎこちなく吉永さんが奥の席に移動する。注文した焼き鳥とポテトが運ばれてきて、「十子が注文したでしょー? もう野菜はトマトジュースだけとか、ダメだって」と言って、サラダと枝豆、鰹のたたきが追加された。


「三人で何の話してるのよ?」


「えっと、好みのタイプです」と私は割とさくっと言った。


「あ、そうそう。梶先輩は?」と吉永さんが続けて言う。


「まぁ、最低限、胸の大きさにこだわらない男性かな」って笑う。


(あぁ、いじめないであげて…)と頭を手で押さえる。


 明らかに落ち込んでいる吉永さんに「冗談。私の好きな人はねぇ…」と言って、少し止まって「思い付かないや。十子は?」と話を振られた。


「私ですか? 私は…家庭的な人と、穏やかで楽しい家庭を作るのが夢です」


「ちょっと、ぼんやりしすぎてない?」と吉永さんに言われた。


「そんなこと言う吉永さんはどうなんですか?」


「俺は結婚したら、男と女の子供二人いて、四人家族で、一戸建てを購入。年に一度は家族旅行」と驚くほど具体的だった。


「中崎は?」と梶先輩が聞く。


「え? 僕は…結婚は…考えられないです」


 その一言がなぜか私の胸を痛ませた。中崎さんの幼少期の不安が未来まで不透明にさせている。私は中崎さんが未来に前を向けれるようになって欲しいと真剣に願った。でもどうしたのか、まだ少し胸の底がちくちくしてしまう。この小さく鋭い痛みの正体が怖くて、焼き鳥を手にして、口に入れる。


「そうよね。私も。まだ仕事に邁進するつもりだから」と梶先輩が笑う。


 梶先輩のドリンクが来た。ウーロン茶だった。そして梶先輩の頼んだ食べ物も並んだ。しばらく三人は仕事の話をし始めたので、その間に私はトイレに行く。あの変態いるかな、と思って個室の扉を開ける。


「あー」


 結局、また、いた。

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