第32話
大丈夫です。寝てません
夜中にコンビニに行って、何も買わずに帰ってくるのもなんだから、何を買おうかと一周する。コンビニには美味しいものやら、生活必需品が売られている。私が何か買うものがないか、とぐるぐる回遊魚のようにコンビニを回っていると、
「十子ちゃん、明日は…どうする予定?」と雑誌コーナーにいる中崎さんが聞いてきた。
「え? 明日…」
そう言えば何も考えていなかった。
「前に言ってた女の子のお母さんの居場所…。分かったんだっけ?」
「あ、SNSでクラスメイトのお母さんの投稿を見つけて…。カフェの場所も分かって、多分、通っていた小学校も目当てはついてるんですけど…。でも住所となると個人情報が厳しいので学校が教えてはくれないだろうし…と困ってるんです」
「…そうだね」
「まさか亡くなった人がうちに居ますって言うのも…」と私が言うと中崎さんも困ったような顔で相槌を打つ。
しばらく思案してから、「呼び出す…しかないか」と呟いた。
「呼び出す?」
「例えば、彼女が大切にしていたものを拾ったって言って…呼び出すんだよ」
「大切にしていたもの?」
「ぬいぐるみとか」
「でも…それをどうやって手に入れるんですか?」
「同じものを買ったらいいんじゃない?」
「それをどうするんですか?」
「幸い事故現場は分かってるし…。近くで拾ったんですけどってSNSであげてみたら?」
「それで来ますか? どっちかの家に残ってるのに?」
「来ると思うよ。少しでも…何かの思いがあったら」
「そうですか?」と多少疑いの気持ちはあったものの、策士中崎さんが言うのだからやってみようと思った。
「で、十子ちゃんは何買うの?」
「あの女の子に…お菓子買おうかな」と言って、お菓子売り場に行く。
ちょうど可愛いキャラクターの形をしたチョコレートが置いてあったのだ。一つだと何だか恥ずかしいので、五個ほど買ってしまう。
「中崎さん…買い物なければ、帰りましょうか」
「うん。十子ちゃん、明日、ドライブ行く?」
「え? 車…」
「レンタカーで」
「いいですけど」と言いながらコンビニを出る。
「神社でご祈祷してもらったおかげか肩が軽い」
それはそうだろう。後ろがすっきりしている。中崎さんは私が買ったチョコレートを一つ欲しい、と言うので渡した。
「優しいね」
「えー。これくらいで褒めてもらえるなんて…」と言うと、パッケージを開けられたチョコレートを口の前に出された。
「どうぞ」
思わず食いついてしまった。私の歯型がついたチョコレートをそのまま中崎さんが食べてしまう。
「あ」と私が言うと「いる?」と今度は中崎さんの歯形のチョコレートが差し出される。
何だかドキドキする。でもここで躊躇してはいけない、と思って、目をきつくつぶって齧った。甘いチョコレートの味が口に広がる。
(間接キス…って甘い)と私は目を開けて、口のチョコレートを味わった。
「もういらない?」
「はい…。大丈夫です」と俯いて言った。
(中崎さんにとっては何でもないこと。私にとってはただの練習)と繰り返した。
「十子ちゃん」と呼ばれて、中崎さんを見る。
唇を人差し指でなぞられる。
「チョコついてる」
中崎さんの指にはチョコなんてついていない。でもその指は中崎さんの唇に付けられる。私はその見えないチョコの行方を見ながら、泣きそうになる。
「中崎さん…初級からお願いします」
「初級?」
「恋愛の練習です」
手を繋ぐだけでよかった。夜の散歩も二人きりでどきどきした。それ以上はどうしていいのか分からない。百戦錬磨になると宣言した割にはすぐに根を上げてしまった。それなのに少しも伝わらないのか、中崎さんは私の肩を抱いて言う。
「キス…していい?」
「だめですー」と振り切って、私は勢いよく走り出す。
好きになっちゃだめなのに、と思い切り走る。後ろから追いかける足音が聞こえてきて、逃げようとしたけど、すぐに追いつかれた。
「十子ちゃん、怖いから。一緒に帰って」
(あ、怖がり…は本当だったんだ)と私は振り返る。
「あの、一度にたくさんは無理なんで、一日、一回…」
「一回だったら全然進まないよ」
「じゃあ、一日三回、ご教授ください。今日はもう終わりです」
「三回で上達できるかなぁ」
「私、結構、物覚えいいんで」と謎のポジティブ発言をする。
家について、私は深い溜息をついた。中崎さんは大人しく家に入ってくる。リビングに行くと、テーブルの上にクマのぬいぐるみが置かれてあった。
「こんなの…あったっけ?」
「え? 十子ちゃんのじゃないの?」
「私のじゃ…」と言って、持ち上げてみる。
タグのところに「ゆうあ」と名前が書かれていた。
「ゆうあ…ちゃん」と私が呟くと少し寒気がする。
振り返ると、キッチンからこっちを覗く女の子がいた。
「あなたの?」
頷くけれど、近づいてこない。多分、ご祈祷のおかげで近づけないみたいだ。
「あの…これで探したらいい?」
また頷く。
「分かった。やってみるね」と私は写真と撮って、その写真と共に「拡散希望」と書いて事故現場の近くの住所を書いて「拾いました。ゆうあと書かれています」とSNSに上げた。
「どうなるか分からないけど…」と言って、買ってきたチョコレートをクマのぬいぐるみの横に置いた。
「後で食べてね」と言うと、嬉しそうに笑う。
横でずっと黙っていた中崎さんが青い顔をしている。
「あのさ…。このぬいぐるみ…って物体だよね」
「はい」
「どうして…ここに?」
「それは分かりませんけど…、彼女がこれを使って欲しいって思ったみたいです」と私が言うと、中崎さんは震え始めた。
「十子ちゃん、お願い一人にしないで」
「えー」
「一緒に寝て欲しい。何もしないから」
「え…で…も」
しかしものすごく怖がっている。
「じゃあ、和室で、中崎さんが眠りにつくまで側にいますから」と仕方なく私は和室に入る。
中崎さんが布団の中に入って、私はその横に正座した。
「おやすみなさい」
「十子ちゃん、ごめん」
「いいですよ。安心して寝てくださいね」
「うん…でも」
「大丈夫です。私、ゲームしますから」と最近できてなかったゲームを携帯で始める。
(あぁ、いろんなイベントをスルーしてしまった)と思いながら、ゲームを操作していると、中崎さんはなかなか眠れないのか何度も寝返りを打つ。
私はゲームをしながら寝落ちしそうにこっくりこっくりしてしまう。
「十子ちゃん、あの…寝た?」
「…だ、大丈夫です」と言いながら、私は畳の上に横たわる。
そのまま寝ようとすると、
「まだ寝ないで」と言われる。
「…大丈夫ですよ…。寝てませんから」と瞼が落ちる。
「十子ちゃん…」
私は夢の中で「大丈夫です。寝てませんから」と繰り返していた。
そして朝、中崎さんの布団の中で目を覚まして、私はキッチンで母がご飯を準備している音を聞いて動けなくなった。横にイケメンの寝顔。
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