第9話
「あ、そういえばライジルさん、気になっていたんですけど、腕や頬のそれって入れ墨なんですか?」
「あ?」
「あ、すみませんやっぱりいいですっ!」
ギロリと睨まれ、燈は即座に謝った。真面目街道を突っ走ってきた燈にとって、ライジルのようなチンピラ風情の男と関わった事が無かった。
何故ウィルさんはライジルさんを連れて来たのだろうか。そう思いながらウィルに目を向けると、丁度彼もこちらを見ていた。目が合った瞬間、ウィルはニコリと微笑んだ。
「案内の代わりに質問タイムかい? いいよ、答えてあげな、ライジル」
「はぁ? 何で……」
「命令」
ウィルが笑顔のまま言うと、ライジルは言葉に詰まる。ウィルにタメ口を使っていても、やはりそこに上下関係はあるようだった。渋っていたライジルだったが、やっと聞こえるくらいの声量でボソリと呟いた。
「これは入れ墨じゃねぇよ。元から」
「え、それって生まれた時から……?」
「まぁな。俺は虎の獣人だからこんな線が入っているんだよ」
ほら、と丁度良く筋肉のついた腕を燈に見せる。
腕に入った虎模様。しかし、見た目だけでは入れ墨との違いは分からなかった。
「虎の……獣人?」
「ああ、ミレジカには色々な種族が入り混じっているんだ。獣人だったり、魔法使いだったり。町の奴ら見たか? 皆違った形をしていただろ?」
「そういえば……」
人の形をしていても、手足が獣だったり、鱗が付いていたりと色々なタイプがいた。ライジルの金色の瞳をよく見ると、瞳孔が細く、獣のような荒々しさが滲み出ていた。腕の模様もまさに虎そのもの。
「ライジルさんは虎なんですね…」
言いながら燈は彼の腕の模様を恐る恐るなぞる。
ライジルへの怖さはあったが、好奇心の方が勝ってしまったのだ。すると彼の口から「うひゃっ!」と裏返った声が漏れ、腕を勢いよく自分の方に戻した。
「な、何するんだてめぇ!!」
「え…ちょっと触っただけですけど…」
「か…勝手に触るな!」
「な、何でそんなに怒るんですか!」
顔を真っ赤にして怒るライジルに、燈は困惑してしまう。そんな中、ウィルがクスリと微笑んでからライジルに気付かれぬよう背後に立ち、そして……
「仕方がないよ燈。彼はくすぐられるのが苦手なんだ」
ライジルの背中をすぅ、と指でなぞった。
「うひゃあっ!!」
その瞬間、ライジルは面白いくらい過剰な反応を見せ飛び上がった。
「ウィ、ウィル…てめぇ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るライジルの横をすり抜け、燈の隣に逃げる。ぽかんとしている燈に向かって、ウィルは人差し指を立てた。
「いいかい燈。ライジルが怖いと思った時はそっとくすぐってごらん。すぐに可愛いと思えるようになるから」
「何教えてんだてめぇ!!」
犬歯を剥き出しにして怒る姿は猛獣そのものなのに、頬が赤いので威力は半減している。
「……プ」
「おい!てめぇ今笑っただろ!?」
思わず漏れてしまった声を拾い、ライジルが目を吊り上げて怒鳴る。
「わ…笑っていません……ふふ」
必死に隠そうとするが、笑いは手の隙間から漏れてしまう。
「ーっ!帰る!!」
怒りより羞恥の方が勝ってしまったようだ。ライジルは赤い顔を隠しながら扉を開けて勢いよく出ていってしまった。
「どうだい、彼は。あんまり怖くないだろう」
ライジルが出て行った扉を見つめながらウィルは微笑みながら言う。
「…はい。最初は怖い人なのかと思いましたが…可愛い人なんですね」
ライジルの飛び上がる様を思い出してしまい、燈は思わず噴き出す。
「彼は見た目から誤解されやすいタイプなんだけどね、根は優しいんだ。だから燈にも知って欲しくて……」
そう言われて気が付いた。ライジルをわざわざ呼んだのは、怖がっている燈の誤解を解く為だと。職場では人間関係も大切だ。一ヶ月という短い間だが、ウィルは配慮してくれたようだ。
何を考えているか読めないが、ウィルは燈の事を気遣ってくれたようだ。そうだと分かると、何だか胸が温かくなった。
「そうだ。ちゃんと説明しておこうかな。さっきライジルが言っていたように、ミレジカには様々な種族がいるんだ。ちなみにラビィはうさぎの獣人でリックは犬の獣人だよ」
虎模様のライジルは虎。白髪に赤眼のラビィはウサギ。丸まった尾があるリックが犬。確かに言われてみるとそのような感じだ。そう思うと、一つの疑問が浮かんだ。
「……ウィルさんは?」
「私は獣人じゃないけど、人間でもない。魔法使いとして分類されている。魔法使いは人間と同じくらい珍しいんだ」
魔法使いは、人間に分類されないのか。それを聞いて少々残念に思っている燈がいた。
「色んな種族がいるんですね」
「まあね。他に聞きたい事は?」
聞きたい事。そう言われて、燈はやっと自分が重大な質問をしていない事に気付いた。
「……いつからうちの会社と取引しているんですか?というか、どんな経緯があって取引を?」
燈が来る事になったミレジカと会社の接点。異次元であるこの場所の存在を知るなんて奇跡にも近い話だと思う。燈だってまさか自分の勤めている会社がファンタジックな取引をしているなんて思わなかった。ウィルは顎に手を当てて「うーん」と唸った。
「私は後任だから詳しくは知らないんだけど、20年前くらいかな?」
「そんなに前から!?」
自分が子供の頃からそんな非現実的な出来事が起きていたのか、と燈は驚きが隠せない。
「私の前にここを取りまとめていたクラリスっていう魔女がDREAM MAKERの先代の社長と会った事があると聞いたけど、詳しくは彼女に聞かないと分からないなぁ…」
「その人は今何処に?」
「ここを辞めてミレジカを旅して廻っているらしいよ。彼女、一つの所に留まるのを酷く嫌うから……今何処にいるかは分からないよ」
「そうですか…」
ミレジカ中を旅しているというくらいなのだから、一ヶ月しか滞在しない燈が会える確率はかなり低いだろう。結局会社の謎は分からず仕舞かと燈は肩を落とした。
「そういえばミレジカの説明がまだ終わっていなかったね。ライジルはいなくなったけど、一応最後まで説明しておくよ」
ウィルにとっては、ミレジカとDREAM MAKERの繋がりはどうでもいいようだ。脈略なく話を変えて、ウィルの元に先程見ていた本が蝶のように飛んできた。
「……あ、はい」
ライジルが途中で割り込んだから、中途半端な説明しか受けていなかった。あれで話は強制終了したのかと思っていたが、どうやら彼の中では終わっていなかった様子。
ウィルがふわふわと浮く本に手をかざすと、ひとりでにページが捲られ、地図が描かれた場所でピタリと止まった。
「じゃあ、続きを言うね。トナマリがここだという事は分かっただろう?じゃあ次は……」
ウィルの説明は、とても分かりやすかったが、それに比例して長かった。最初は熱心に聞いていた燈だったが、途中で集中力が途切れ、最後の方は相槌は打っていたものの、ほとんど聞いていなかった。
*****
「よし、話も大体済んだ所で、そろそろここを出ようか」
「…そうですね」
聞いていただけだったが、燈はへとへとになっていた。一体、どれくらい時間が経っていたのだろう。少なくとも一時間は経っている。一国の説明をするのだから、長くなるのは仕方のない事だとは思うが、それでもきついものはきつい。
「どうしたの、燈?」
本が本棚に帰っていくのを見届けてから、首を傾げるウィル。話した本人はケロリとしている。むしろ、すっきりしたような顔をしている。
「……何でもないです。説明ありがとうございました」
燈はペコリとお辞儀をした。折角こんなに時間をかけてくれたのだから、当然のマナーだ。ウィルは「いえいえ」と頭を降ると、資料室の扉を開いた。
正直、話を聞いてもちんぷんかんぷんだ。横文字の地名を言われても、全く頭に入らない。
こんなので、大丈夫なのだろうか。だが、だからといって現実世界に帰れるわけではない。ここで一ヶ月働いて想像力を膨らませる事に専念しなくてはーーそう胸に誓い、燈は資料室を出た。
「……え?」
資料室を出た瞬間、燈は自分の目を疑った。
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