ものに慣れた早奈英さんでさえ笑顔がひきつり勝ちなんだから、遥香は押して知るべし。
「そりゃねぇ」
呼ばれて席に来てみれば、目の前にいたのは美しさが売りのハンサム集団と超絶可愛い文親さん。
遥香は文親さんとは二回目だけど、西荻先輩達とは初見だし、百戦錬磨の早奈英さんだって、席へ来た時、小さく息を呑んでたしな。
加えて。席につくやいなやテーブルに届いた酒。
フランスの最高峰のブランデー製造の老舗ハーディ社が売り出したペルフェクションシリーズ。
限定生産の為シリーズ全体で千二百本しか存在しない、フランス語で“完璧”を示すこの酒はレア中のレアアイテムみたいなもの。ホストクラブで頼むと安くて二~三千万。家一軒買える酒が自分の付いた席に出てくるって経験は早奈英さんはともかく、遥香は人生初だろう。
ましてや、西荻先輩の柔らかな良く通る声で、
「これは遥香ちゃんの御祝いに」
なんて言われたら、血の気がひいて当たり前。
さすがに早奈英さんはすぐに態勢を立て直したけど遥香は一瞬眼を丸くしてから真っ赤になって下を向いてしまう。夜の蝶とて人の子、イケメンには弱い。
「ねぇ、遥香さん、何かカクテル選んでくれる?龍哉さんが遥香さんに作って貰えって」
遥香が一瞬動揺したように俺を見る。だが俺が無言で微笑んで見せると、覚悟を決めたように息を吸って。
「すみません、コーヒーリキュールと生クリーム、ホワイトキュラソー(オレンジを原料としたリキュール)を」
しっかりとした声で材料をボーイに言い付ける。
それを聞いて。西荻先輩がふっ、と笑みを浮かべる。
「ほう。…随分と
「…私が、というわけではありませんわ。このように想われているご夫人方の気持ちに成り代わったまでです。…若輩ですが」
「…?」
琉音はキョトンとしている。
俺は隆聖の前に置かれているブランデーのボトルをそっと遥香の前に置き直す。
「“ベルベット・ハンマー”か。本当に詳しいな」
俺達が前にブランデー・ベース+コーヒーリキュールのカクテルを頼んだ事があるのをしっかり覚えていてこその選択だろう。
やっぱりこの子を引き抜いたのは正解だった。アイツ等がくやしがるわけだ。
材料が運ばれてきて、遥香は慎重かつ丁寧にカクテルを仕上げてから琉音の前に置く。
「先ほどオーナーも仰られましたが、“ベルベット・ハンマー”でございます」
「ベルベット・ハンマー…」
本来はもっと安価な別のブランデーで作られるそれを琉音は興味深げに見て、グラスを指先で持ち上げる。
「『今宵もあなたを想う』って意味があるんだよ、そのカクテル。今日は君がこっちヘ来ちゃってるから、さぞやご夫人方が嘆息してるだろう、って機転かな」
彼女の、と遥香を見やる。
「お口に合えば良いんですが…」
「…美味しい」
間髪入れずに琉音の口から洩れた言葉は、酒を職業柄飲み慣れ、虚実取り混ぜた笑顔の仮面を着け馴れた青年の正直な感想を
「有難うございます」
「龍哉がわざわざ俺に頭を下げて、推してくるだけの価値はありそうだね」
「西荻先輩、それは言いっこ無しですよ。店の娘の前で。俺にも面目ってもんが…」
「おや、面目なんて立派なものが龍哉にも出来たのかい?それは知らなかった」
目を細めて西荻先輩が微笑む。
「小生意気な眼をしたちびっこちゃんだったのに、本当に成長したねぇ」
「ぷっ…(笑)」
その台詞に同時に吹き出す早奈英さんと文親さん。
「酷ぇな~」
「西荻先輩に言われたんじゃ、怒れないね、龍哉?」
「怒れるわけないじゃないですか」
先輩の先輩ってだけじゃなく、この人にはあんなしっぽやこんなしっぽも捕まれてるからな。勿論認識的には足元に時々じゃれつくヤンチャなワンコ的な意味で(笑)。
「あ、そうだ。忘れるとこだった…」
西荻先輩がふと呟く。
「沢西?いる?」
「はっ」
するとフロアのどこにいたのか、身長一九○は優にある大男が大きな紙袋を二つ持ってあらわれる。
「龍哉、この男は運転手兼護衛兼…まあ、その他諸々の
「お初にお目にかかります。…オーナー、全て揃っておりますので」
「わかった。ありがとう。車で待ってて?」
「はい。それでは皆様、失礼致します」
沢西と呼ばれた男は袋をそっと席のすみに置き、俺と文親さんに一礼すると、またスッと暗闇に消えてゆく。
「西荻先輩、これは…?」
「ああ、遥香ちゃんにプレゼント、かな」
「へ?」
「
…三條先輩、絶対あんた、持ち物の中に盗聴器混ぜられてますって!っていうか『飼い主』の勘なのか…。
とにかくスゲぇ。
「出来れば、突然だけど衣装替えしてくれると嬉しいな」
言われた遥香は茫然自失。
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