そりゃそうだ。

三人とも明らかにこいつら総額でいくらかかってんだよって突っ込み入れたくなるほどの高級オーダースーツ。

金に糸目つける気なんか更々ない人間のオーラダダ漏れなんだもん。

ま、そうしてくれるように頼んで、期待以上に応えて来てくれただけなんだけどね。


「ねぇ、龍哉さん、今日つけてきた時計、これでおかしくない?」


琉音が聞いてくる。


「お客様に頂いて、今日初めてつけてきたんだけど」


見ると。


「パテック・フィ○ップの5304R?凄いな」

「正解!やっぱり龍哉さん凄い」

「しかもこれ特別注文仕様でしょ」

「うん。時計壊れたーって言って、手首のサイズと好きなデザイン伝えたら、くれたの。三人くらいから、ブランド違いで三つも集まっちゃって。その中で今日ピンと来たのしてきた。でも、時計のブランドの名前覚えるの、難しいねぇ。舌噛みそうで」


俺の腕に捕まって肩にしなだれ掛かりながら琉音くんは言う。うしろで苦笑してる気配の西荻先輩と隆聖くん。

計算してる幼さをはた目には自然に見えるように出せるって、やはり西荻先輩が手をかけている秘蔵っ子ではある。


そんな話をしている数分の間に席に到着する。

店のフロア席の奥側の予約専用座席。フロア全体の席から窺おうとすれば俺達を窺う事の出来る席だ。


「どうぞ」


席を進めると、まず琉音、西荻先輩、隆聖の順で席につく。琉音の隣には先に席についていた文親。そしてその前に俺。

席につくやいなや。

琉音はペコリと頭を下げて、小声で文親に詫びる。


「ごめんなさい!」


きょとんとする文親。


「【演出】の為とはいえ、龍哉さんに触っちゃった。ごめんなさい」

「…いいよ(笑)。琉音くんは相変わらず可愛いし、義理堅いなあ。ねぇ、龍哉?」

「ああ。会員の奥様方をどんだけ骨抜きにしてるのか」


うちの子達の憶測通り。

琉音と隆聖は都内でも有数の高級会員制ホストクラブ《Paradiesvogel(パラディーズ・ボーゲル)》の中でも一位、二位を争う“キャスト” だ。

琉音は可愛い系。隆聖はクール系。

会員になるには収入、人柄、家格、全てに審査があり、基本は常連からの紹介。客層は、主に【上流社会】の奥様方、女社長などセレブリティ専門だ。

二十歳の青年の手首に高級外車一台分の“所有の証”を巻かせるなど金に飽いた人間にしか出来まい。

ホストクラブって定義にくくるには少しレベル違いな店。【極楽鳥花】って名前が正にふさわしい。

そしてその《Paradiesvogel》をべるのが、西荻櫻。常連の前にすら滅多に姿を見せない謎多き幻の存在。

俺にとっては文親以外の頼れる先輩筆頭に位置する。

え?三條さん?は…。

色んな意味で規格外だからなあ。極道の目から観ても。


「…今日は随分可愛い格好してるね?紫藤?」


耳に心地よく入るよう計算された西荻先輩の中低音の声。


「それは…。先輩と…お会い出来るので…」


答える文親の声は琉音に出したものとは違う。

尊敬する先輩への遠慮がちで素直な声。

清瀧の若頭ではない声だ。


「……文親?可愛い事を言ってくれるのは嬉しいけど、ほどほどにね?後が怖いよ?」


西荻先輩は美しい微笑みで俺を見る。


「………先輩。俺はそれほど狭量じゃありませんよ?」

「そうかい?」

「…けはしますけど。西荻先輩じゃ仕方ないです」


悔しいけどね。勝てない喧嘩はしない主義だ。


「龍哉は大人になったねぇ。…どこかにはいつまでたっても一ミリも成長しない奴もいるのに」


先輩、それって…。

今、個室にいる人の事ですよね?


「有難うございます」

「…早速だけど“遥香ちゃん”が見たいな?」

「はい」


俺はボーイに合図し、早奈英さんと遥香を席に呼ぶように指図する。

予約席は大きくスペースをとってあるから、後二人は余裕だ。


「お酒は?」

「適当にして?隆聖、決めたかったら決めていいよ?」

「龍哉さん、メニュー、これですか?」

「ああ」


隆聖はテーブルの上のメニューを指先で取り上げる。


「あ、ハーディペルフェクションがある」


隆聖が視線を西荻先輩に流す。

軽く頷く西荻先輩。


「龍哉さん、俺これがいいよ。何種類かあるの?」

「…あるよ。っていっても、主に俺の酒好きが高じたコレクションみたいなもんで注文なんざ出ないけど。さすがに今、店の在庫は二本かな…高いほうとそうでもないほうがあるけど、どっち?」

「じゃあ、高いほう」

「わかった」


俺はもう一度ボーイを呼んで耳打ちして下がらせる。


「いいんですか?先輩」

「あー、いいよ。別に。紙(小切手)持って来てるしね。それより、琉音は何にする?」

「ん~、僕はカクテルがいいな」

「琉音くん、それなら遥香ちゃんが来てから、彼女に選んでもらったら?」


文親が俺を見て微笑む。


「そうだな、それがいい」




十数分後。

店の空気はすっかり変わってしまっていた。


「しかしですねぇ…。経営者としてはホックホクですが」


俺は早奈英さんと遥香を見やる。

二人とも魂の抜けたような感じになっている。接客は続けているがガチガチだ。

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