俺は冷たい一言を三條先輩に投げる。


「先輩、文親さんになんかしました?」

「いーや、今日も相変わらず可愛いなーって褒めただけよ~」


嘘つけ。

それだけで文親さんがげっそりした顔するか。

ムッツリすけべ親父。


すると、思わぬところから援護射撃。


「えー、今日も相変わらず細い腰だなー、壊れないの?龍哉凄そうだけど?っていってましたよね~?」

「あ♪私も聞いた。あいつ獣だからね~って」

「三條先輩~((怒))」

「…おい。お前のところの従業員の守秘義務はどうなってんの」

「うちの隠れた常連様にセクハラ発言かますようなムッツリすけべ親父に守秘義務は発生しません。良くやった愛佳ちゃん、絵美里ちゃん♪今日の金一封は弾んじゃうから期待してね?」

「やった♪オーナー大好き♪あ、勿論、ラブじゃなくてライクです♪」


うちの女の子も慣れたものだ。文親さんのほうをきっちりと向いて笑顔で言い切ってる。


「分かってるよ(笑)。全くこの子達の半分も良識があれば西荻先輩も苦労しないのに」


文親は俺が座る場所を空けてくれながら溜め息をつく。


「そうそう。黙ってりゃそこそこのホスト顔なのに。後輩に喋りゃこれだからな。先輩、頬っぺた膨らませても駄目ですよ。ボトルで七十万からする酒奢ってんですから、大人しくしといて下さいよ。大体、本当に三條先輩は呼んでないんですから」


口調がいつもよりきついのは仕方ない。

大体、俺が文親になにしようがどうなろうが口出しは無用だ。文親に言ったら後頭部叩かれるが。


「……好きなんだよ、この酒」

「ちなみに文親さん、これはスコッチウイスキーでもかなり好き嫌いが分かれる。原料や樽、仕込む水に含まれる土壌の状態が独特だから。大嫌いか大好きか分かれやすい」

「確かに独特な香りはするけど」

「日本人にはこう言ったら分かりやすいかな」

「…おい、言うな」

「正○丸」

「…ああ」

「本当だ♪」


愛佳と絵美里が頷く。


「本家の薬自体は日本人には馴染み深いけど、あの味の酒ってのはね」

「うー…」

「ましてや、客でもないのにつまみまで出してやってんだよ?ラフロイグって風味が独特だからブルーチーズとかが合うんだけど、うちで出すくらいだから最高級ランク。先輩だと一ミリでも思うから『接待』させて頂いてんのに」


ちょっと可哀想だけど〆られる時に〆とかないと。

それじゃなくとも今日この人に構ってる時間はないってのに。


「それにしても、文親さん、もう少し遅くに来るって言ってませんでした?」

「いや、【あの人】が来るなら早めに入っておこうかなと思ったら…」


まさか三條さんに捕まるとは、と文親は肩を竦める。


「可哀想、文親さん」

「お前らなあ…さっきから人の事ボロカス言ってるが…」


と、そこに。


「オーナー、【御予約のお客様】御来店されました」


早奈英さんが信頼する直属のマネージャー、森原が呼びにくる。


「お、待ち人来たる、だな。行ってこよ」


俺は立ち上がる。


「…三條先輩、当然ながらあの人は御予約客ですから席は違いますので、この子達はつけたままにしますから、個室で大人しく待ってて下さいよ。文親さんは森原と一緒に先に席に行ってて」

「分かった」


今日の文親さんはかなりカジュアルでラフな格好だ。ブルーのTシャツの上にユニセックスのブラックのロングカーディガン、ブラックデニム。頭にはキャスケット帽。

とてもじゃないが泣く子も黙る清瀧の若頭には見えやしない。この人の凄い所はここだ。

この間みたいに威勢を張れば誰に有無をも言わせないくせに、逆に気配を消すことも余裕で出来る。


まあ、俺の目にはどんな文親さんも可愛く見えるから、多分文親さんが言う「お前は『俺(文親さん)馬鹿』」なんだろう。




クラブ玄関まで出迎えに出てみると。

ざわざわとした気配ですぐ、それと分かった。


男が三人、立っている。

その周囲で客を出迎えるのも忘れ、というかその客も一緒に茫然と男達を見つめるホステス達。


「お久しぶりです」

「お久しぶりです。今日は有難うございます、龍哉さん」

「…久しぶり、龍哉」

「お久しぶりです。琉音るねくん、隆聖りゅうせい君、…西荻にしおぎ先輩」


ホステス達が茫然自失になるのは仕方ない。

三人共に長身痩せ型の美形揃い。

しかも、西荻先輩ときたら、文親さんを知っている俺でさえ、美形の上に“超絶”が付く。

この人の事に限っては文親さんも怒らない。


「ねぇ、あの二人って」

「《Paradiesvogel》の琉音さんと隆聖さん…?今、オーナー、名前、そう呼んでたよね。ねぇ、じゃあ、もう一人の人って、まさか…」

「嘘…」


うちの可愛い夜の蝶々達がひそひそ交わし始める。

言われた本人達は顔色一つ動かさず、笑みを浮かべたままだ。


「今日は向こうには寄って来たんですか?」

「ちょっとだけね」

「隆聖君達、ごめんね。スケジュール空いてる身体じゃないのに。君たち目当ての御夫人方から恨まれるな」


彼らを席へと案内しながらわざと目立つように会話を続ける。っていうか、そんな事しなくても目立ってるんだけど。

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