頷く遥香に。


「俺から店出しのはなむけに言うのはいつも二つ。

『色気は売っても心は売るな』

『勉強する気概と向上心の維持』

クラブホステスとしての誇りを持ち、常に上を向くこと。その為には常に新しい情報、知識を求め続けていく気持ちがなければ駄目だ。その上で他人や金銭に左右されない本当の意味での【プライド】を持ち続けていって欲しい。二つとも、君には今更言わずもがなの気もするが、更なる精進をしてもらえれば有難い」

「はいっ」


遥香の瞳が強い光を宿している。

やはり、引き抜いた甲斐はある。


「うちで働くにあたっての心得、店内ルールについては勉強してるだろうからあえて言わない。ただ、君の場合、入店理由の事もあるから、身柄の安全が優先事項になる。暫くは同伴なし、ママ付きでアフター(店が終わった後の食事等)だな」

「…はい」

「はーい。あら、じゃ、うちの常連さん大変だわ?私と遥香ちゃん連れてくなら美味しい所じゃなかったら行きませんよ~って脅しちゃう」


早奈英さん。

真っ黒いオーラ全開だよ(笑)。

俺に負けず劣らず。


そこに。


「そろそろ、ママ、遥香さん、ご準備を」


マネージャーが呼びにくる。


「分かりました」


早奈英さんはにこやかに答える。

そして俺に。


「オーナーも一応顔出しの【ご準備】だけはしていてくださいね?」

「…了解」


部屋のそとへ出ていく二人を見ながら。


さて──宴の、始まりか。





二時間後。

ママからの呼び出しでフロアに足を踏み入れると。


目立たない位置のボックス席。ママの横で笑み一つ浮かべぬまま、一人の男が俺に手を挙げてみせる。


「…よお」

「お久しぶりです。…確か、お声がけしたのは別の先輩の筈なんですが、俺の思い違いでしたかね?」

「いーや。ただあれに声かけりゃ俺がついてくるのはお前なら承知だろ?」

「まあね。…地獄耳」

「何だって?」

「いーえー。独り言です。…早奈英さん、この方、名乗った?」

「いいえ。ただ、知り合いだからちょっと話がしたい、『龍哉』とね、とおっしゃったんで、こちらへご案内したの」

「有難う、早奈英さん。今日は忙しいからもう行っていいよ」

「はい、それじゃ、お客様、失礼致します」



何も余計な詮索をせず取り計らってくれた彼女に感謝して。

席に二人きりになると俺の口調はぶっきらぼうなものになる。


「勘弁してくださいよ、三條先輩。あんたの真顔はマジで怖いんだから」

「お前のうすらヘラヘラした笑顔よりはましだろう」


平然といってのける男は。

三條さんじょうかえで

櫻先輩の同級生で。…やっかいな人だ。


「おや、誰かさんは誰かさんのまえでヘラヘラしないんですかね?聞いてみましょうか?」

「けっ!」


大の男二人。

三條先輩が敢えて頼まずにいたのか水一つないテーブルを挟んだ不毛なやり取り。


「それにしても…随分と盛大な店出しだな。政財界のお歴々から、メディアの社長達…。相変わらずお前はハッタリが好きだなあ」

「お褒めに預り恐縮です♪」

「誉めてねぇよ」

「何か飲みますか。おごりますよ」

「…じゃあラフロイグの四十年。割るのはこっちで調整するからセットでな」

「……」

「なんだよ」

「いーえー。つまみもいるんでしょ。こっちでみつくろって勝手に出しますよ。女の子は要ります?」

「二人くらい?周りがすっからかんだと嫌みを言われるんだよ」

「へぇ?」

「金魚の糞になるなら遊びの仁義くらい身に付けとけってな」


ソファーにもたれて脚を組む、ほぼ金髪に近い髪を耳の下で短く切り揃えた高級ブランドスーツの男。

絶対この人はぱっと見て一般人には見えない。

綺麗というよりは派手な美丈夫(少し良く言ってやれば)といった感じ。っていうか何処をひっくり返しても正装すりゃジゴロ、普段着ならゴロツキにしか見えないんだけどね、この人は。誤魔化しようもない品性の無さ、図々しさでね。


「おい」


と三條先輩が物騒な気を出す。


「ダダもれてんぞ、心の声が。いいんだよ、こういう格好がご指定なんだから、女王様の」


さっさと酒を持ってこいと手をひらひらする男を横目に俺は席を立つ。

そしてボーイに酒やつまみの注文を細かく指示した後で、表情を極道仕様から、オーナー仕様に一応変えて、あらためてフロアに踏み出す。

途端にあちらこちらから窺うような視線が飛んでくる。

今日こちらには特に厳選した招待客しか、入れないようにした筈なんだが。

そいつらがゴリ押しして無理をいうのまでは特に止めなかったからなあ。

まあ、遥香には近づけさせないように早奈英さんにもスタッフにも言い含めてはあるが。


「本日は遥香の初登板にお越し頂き有難うございます」


幾人かの常連に声をかけて。同時に見知らぬ顔を確認してゆく。別にじっとみる必要性はない。知らない、という事実があれば充分なのだ。

フロアをあらかた廻り終えて俺は席に戻る。


と。

そこには。

つまみ片手に酒を機嫌良く流し込む三條先輩と女の子二人と、いつ来たのやらもう…一人。


「文親さん」

「ちょっと龍哉、この人何とかして」

「どうしました?」


見ると、珍しくうんざり顔の文親。

今日も変わらず綺麗で可愛い。

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