肩を
整った綺麗な顔立ち。でも、眼を見ればわかる、抜き身の鋭さ。
「…オーナー」
麻乃の少し震える声で、俺と黒橋は案外早く目標人物を引っ張り出せた事に薄くお互いに笑みを浮かべる。
「悪いんだが、これから新しい連れが注文頼む所なんで女の子連れてかれちゃ、困るんだけど?」
「そうだね、特に麻乃ちゃん、だっけ?お酒作るの上手いから下げられるの、嫌だ」
まっすぐに男を見ながら、俺と文親が連係プレーで口を開くと。男は鼻白んだように息を呑む。
「ね、…氷見オーナー?」
「!」
「あら、お知り合いなんですか?」
麻乃がほっとした声を出す。
男は二の句が継げないようだ。
麻乃の手前、表情は普通にしているつもりでも俺達からすればヤツの動揺は見え見えだ。
それがこの男の名前。
中条英五の側近。彼の重用する側近はもう一人いるが、対外的に動くのは大概、氷見だと聞く。
「経営者同士の懇親会でお名前を聞いた程度で、会うのは初めてだ。ご挨拶は嬉しいが、可愛い子の酌には負ける」
奴から視線を外さずに俺は言い切る。
「店に損はさせないから、一時間くらい待ってくれない?」
すると、後ろについていた
「ひっ!」
という小さい悲鳴と共に大人しくなったが。
「…分かりました。それではのちほど」
氷見は黒橋を軽く睨むようにすると案外あっさりと下がって行く。
「ってことで、麻乃ちゃん、雪妃ちゃん、悪い。ちょっと緊張させてしまったでしょ?」
「いえ。そんな…」
「大丈夫ですわ、お客様。それよりお酒、何を注文なさいます?」
しかし、麻乃という女はかなり肝が座っている。
雪妃は氷見が現れた辺りから、俺達三人をそっと伺い、怯えた表情を見せ始めていた。
それはそうだろう。
高い酒を頼む客は幾らも居ても、後ろにボディーガード(にしては随分お粗末だが)を連れて突然現れたオーナーに対して一歩も引かない俺達を見ればちょっと頭があれば察しはつく。
だが、麻乃はあくまでも“客”である俺達に怯えた様子は見せない。…気付いていても。
このクラスのキャバクラの“看板”にしては出来た女と言える。
「麻乃ちゃん、少し聞きたいんだけど、この店、プラチナ置いてあるって事は結構酒にはこだわってるよね?」
文親がさっき一度きつくした声を柔らかく戻して麻乃に聞く。
「ええ。お酒の種類は他店には負けてないと思います」
「そう。…じゃ、ルイ十三世のブラックパール、ある?」
文親はメニューを見もせずに直に尋ねる。
「…ございます」
「じゃ、それ、ボトルで下ろして。あと、適当につまみを。それは君が選んでいい。後、プラチナ、もう一本入れたいんだけど、飲んでくれるかな?」
「ありがとうございます。もちろん、お付き合いさせていただきます」
…すげぇ。
「…龍哉?」
「ん?なーに?文親さん?」
「ニヤニヤしてんな、気持ち悪い」
「…ひっでー」
麻乃が新たに注文を通しドリンクセットの氷を追加し、と忙しい側でそうっと俺達はないしょ話をするかのように顔を寄せる。
「…一応、敵陣だぞ?」
「『なれば』、ね」
「…ったく」
「ソレよりさあ、いいわけ?席座って十分足らずのうちに三百万以上飛んでんですけど、俺、篠崎さんに殺されない?」
「…そんなジャリ銭(小銭)でアイツがお前を殺すかよ(笑)」
小脇に抱えてきた明らかに高級品とわかるセカンドバッグに、一体、どんだけ帯封も真新しいキャッシュ(現金)が入っているんだか。
三百万以上を三百円ぐらいの感覚でジャリ銭とかいっちゃえる辺りが清瀧の本家直系の箱入り息子なんだけど、そこも好きなんだよなぁ。
そう言えば、高校の頃生徒会室で。
俺に言った事がある。
『金は金だよ。ソレ以上でもソレ以下でもない。汗水垂らして働いた金が尊くて、人を騙して泣かせた金は汚いなんて、俺は思わない。所詮は状況判断だ。汗水垂らして働いた金だからといって、人を蹴落としたり、泣かせたりしていない訳じゃないし、はた目から見て極道が人を脅して取り上げた金でも、心の痛みがまるきり無い訳じゃない』
『…』
『金は便利なツール(道具)だよ。それ自体に好悪や貴賤って感情を
人の血や涙や慟哭を子守唄がわりに育った、群れの長になるべくして生まれた男が言う言葉。
説得力が違った。
『ただ、何の痛みも後悔も、自覚すらなく、人を従え、力で引きずり回し、引き据える事だけに喜びを感じる。…極道の中にそんな人間が多く居ることも確かだ。だけど俺はそんな【外道】にはならない。絶対に』
言い切った瞳の凛々しさをまだ、覚えている。
「それでは失礼します」
きっかり一時間後。
麻乃は雪妃を連れて下がっていった。
その背中を見送って数分もしないうちに、今度は一人で氷見が現れる。
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