だが。
幾ら姿形を変えても、滲む“気配”までは消せない。
入り口の呼び込みの若い奴は俺達が近づくと固まり、それを無視して入ろうとすると店奥から店長らしき男が飛んできた。
「あ、あのっ」
「二名なんだが、構わないか?」
「は…はいっ!」
俺に答える店長の眼は完全に泳いでいる。
その動揺が収まりきらないうちに俺は畳み掛ける。
「女は適当にみつくろってくれていい。ここは初めてだからな、ワガママは言わないよ。ただ、静かに飲みたい。頼めるか?」
そう言うと。
慌てた頭の中にも幾ばくかの思考能力は残っていたのか。
「
「はーい」
頭の大分軽そうなキャバ嬢がすぐに席へと案内してくれる。他の客からは離れた、個室のような席だった。
まずは俺が奥に座り、その右側に黒橋が座る。舞花はその横。通路側だ。
「舞花でーす。お客様ぁ、お飲み物は?」
「とりあえず、ビール貰えるかな?…あと、君は何を飲む?」
「え?私もいいンですかあ♪」
席についてもボーイがさりげなく持って来たお絞りを俺達に勧めもせず、やる気なさげだった女が、こちらがドリンクを入れてやると知った途端に眼を輝かせる。
「好きなの頼んでいいよ。あとの注文は他の娘も来てからにする」
「はーい。タカちゃん、こちらのテーブル、おビール二杯と、カシスオレンジ。お願いしまーす」
「…かしこまりました」
内装も間接照明も悪くないのに。
女のクオリティが居酒屋並み。
うちの店ならまずこのレベルを店には出さない。
まずは体験入店時点で弾く。
居酒屋並みといったら、居酒屋に失礼かもしれない。
心の中の値踏みに自分で苦笑していると。
「今晩は、はじめまして、
「今晩は、はじめまして、
ドリンクを運んできたボーイと一緒に。二人のキャバ嬢が席に着く。
「これはこれは。…綺麗なお嬢さんが三人だと無粋な俺達が浮くなあ」
正確にいえば二人。
後から来た二人は物腰、目付き、仕草、全てが水準以上。最初の一人を加えてやったのは世辞だ。
「あら、嬉しい♪お客様、横、よろしいですか?」
そう言って麻乃と名乗った女が俺の左横、舞花との対面通路側に付き、雪妃と名乗った女が、黒橋と俺との間、俺の右横に付く。灰皿の用意、煙草に火をつけるためのライターの準備。二人の手際の良さから感じるに、恐らくはかなりの上玉をつけてきたのだろう。
そこには店長の意志だけでは無いものを感じるが、今は敢えて気づかない振りをする。
「じゃ、新たにお嬢さんたちも来たことだし、飲み物頼もうか」
俺は黒橋に目配せし、彼がそっと頷くとテーブルの上のドリンクメニューをパラパラとめくり、置いてある酒、銘柄を確認する。結構揃えてる。並みのキャバクラの酒の種類はハウスボトル(簡単に言うと安い種類の酒の飲み放題)が主流だが、ここはクラブ並みだ。
俄然、闘志が湧いてくる。
ちなみにビールはとっくに飲んで空だ。
「初めてだから、お近づきの印に俺が麻乃ちゃん達の飲み物選んでいい?シャンパン好き?」
「いいんですか?私達シャンパン大好きなんです」
「じゃあ、ドン・ペリニヨンのプラチナ(’70)と、ヘネシーのリシャール(ブランデー)をボトルで」
「!」
女達は呆然としている。
そりゃそうだろう。いきなり来た一見の客、それもまだ若造がそうそう頼む酒じゃない。
だがさすがに店でも上位なのだろう麻乃は自分を取り戻すのが早かった。
すぐにボーイに注文を通し、ドリンクセットを準備してくれるよう頼んでいる。
それを終えてから、ようやく落ち着いたのか、雪妃がすり寄るように質問してくる。
「お客様、凄い。いいんですか、私達プラチナなんて飲むの初めてです。喉が喜びすぎて腰抜けちゃったらどうしよう」
「可愛いこと言うねぇ。ねぇ、麻乃ちゃん、ちょっと店長呼んで来て?」
「はいっ」
すぐに店長が飛んできた。
だからにっこり笑って。一時的に舞花の横に麻乃を座らせて、店長に自分の横に座るように促す。
そしておずおずと従った店長に。
「この子達、場内指名(当日その場で指名すること)したいんだけど出来る?」
「あ、…は、はいっ、モチロンっ」
上ずった声で答える店長に指先で合図し、耳を寄せた店長に、
「但し、舞花はいらない。二人だけ指名って事でシャンパン飲み終わった段階で適当に下げて」
「…あ、ハイ」
さすがに店長はわかっているのだろう。だから舞花はつなぎ専用なのかもしれない。
俺は更に声を低める。
「それからもうひとつ。…さっきの人じゃなく、あの隅からこっちをじっと見てるボーイさんに、シャンパンとブランデー、運ばせてくれる?」
「お客様に失礼をっ…。すぐにバックヤードに下げますのでっ」
「…耳、ついてる?俺は飲み物を運ばせてって言ってるの。失礼かどうか判断するのは客の俺で、あんたじゃない。…わかったらさっさとして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます