数分後。

俺とママの前に現れたのは店長と思われる人間。


「大変お待たせいたしました。本日は大きなお買い物有難うございます。ネックレスとの事ですがどのようなものをお探しで」

「インぺリアーレで、ホワイトゴールドを」

「…すぐにお持ちします」


そしてすぐに目前に紫色の台に寝かされて出てくるネックレス。


「まあ、綺麗ねぇ」


十八金ホワイトゴールドのそのネックレスはアメジストの回りを繊細な金属が網目のように覆っている、豪奢だが繊細さもあるものだ。


「これと同じモチーフの指輪もあると聞いたんだが、それも持ってきてくれるか?」

「ホワイトゴールドでよろしいですか?」

「ああ」


ネックレスと同じモチーフの指輪。二つが揃うとやはり高級ジュエリーとしての魅力が輝く。


「早奈英さん、九号だよね、ちょっとつけてみて」

「え?…え?」


呆然としている早奈英ママの指に指輪を滑り込ませて。


「やっぱり似合う」


そっと彼女の指からリングを外す。


「これも貰うから、綺麗にラッピング御願いします」

「かしこまりました、少々お待ち下さいませ」


店員が満面の笑顔になる。さすがに高級ブランド、その笑顔も上品なものだったが。


「ち、ちょっと、龍哉さん」


ソファーの上で、客の前では百戦錬磨の早奈英ママが、鳩が豆鉄砲食らったようにうろたえている。

それをなだめつつ、俺はいつの間にか店内で俺の動きを窺っていた黒橋を確認して。


「代金は、そこのグレイのスーツの男が払うから。黒橋、お会計だよ」

「はい、社長」



こうした時、黒橋は俺を“社長”と呼ぶ。

臨機応変、側近のかがみだ。


店を出て。

俺はラッピングされたプレゼントが入った手提げの紙バッグを二つ受け取り、美しく包装された細長い箱と正方形の箱が入ったほうを早奈英ママに手渡す。


「はい、買い物に付き合ってくれたお礼♪」

「龍哉さん…だって私、付き添っていっただけよ?貰えないわ」

「貰って?じゃないと無駄になる。それは早奈英さんに買ったんだから、必要ないなら捨てるだけだから」

「捨てるって…ネックレスとリング、両方で百万超えてるものを、捨てる?」

「だったら、貰って?」

「もう…わかったわ」

「なかなかいないんだよ。理由はどうあれ【他の女への買い物】に付き合ってくれるような人。俺が電話した時、良いわよって即答だったでしょ。…だから、実はショ○ールのホームページで、ママに似合うやつ探してから来たの」

「……。ったく。本当に驚いた。店を任せて貰えてるだけで有り難いのに。こういうの普通の男がやったら、プレーボーイ感満載でどん引きものだけど。なんていうか、龍哉さんの場合、女たらしなんじゃなくて人たらしなのよねぇ」


嬉しそうに紙バッグを揺らしながら、何故か早奈英ママはため息をつく。


「こういう事自然に出来ちゃうんだもの。神龍の若頭って知ってても隠れファンが増えるわけよね」

「…早奈英さん、その事について最近、上手い事を言った人がいましたよ」

「おい、黒橋っ」

「えー、なぁに、聞きたいわ?」


そして黒橋が彼女の耳に一言二言囁くと。


「まあ、常磐の坊っちゃんたら、たまには良いこと言うわね~」


今度ウチのナンバーワン席につけてあげようかしら、と早奈英ママはニコニコとしながら言う。


「…しなくていい。付け上がるから」


むしろあいつの場合、スパルタ上等!なんだよ。と思った俺の内心はもれなく二人に伝わったようで、


「なんか可哀想だから、私、今度会ったらその日限定で優しくしてあげよう」

「…私もそうします。ちょっと同情心がさすがに…」


あいつはズルい。

俺からしたらあいつのほうが人当たりよくて、たらしな気がするんだが。


「自覚がないって罪よねぇ」

「…全く、その通り」




「…若?…龍哉さん」


声をかけられて、ハッとする。

…いつの間にかボンヤリしていたらしい。


「もうすぐ家に着きますよ」

「おう」


四年前に構えた別邸を『家』と呼ぶのにもだいぶ抵抗はなくなった。住み込みの若い者をいれて三、四十人ほどの所帯は程よくガチャガチャとしていて、気に入っている。例の件が起きてしまったからには多少の引き締めはやむ無い事だが、それでも馴染んだ『家』には変わりない。


「着きましたよ」


言われて、車から降りようとしたその時。

スーツの内ポケットに入れたままだったスマホが震えているのに気がついて取り出す。


「どうしました?」

「麻紗美ちゃんからメール」


津島の叔父貴の屋敷は俺の別邸より店に近い。

真っ直ぐ帰って、早速、麻紗美ちゃんに渡したんだろう。世の父親の例に漏れず叔父貴も娘には激甘だ。


門を入り、玄関に横付けされたBMWから降り、


「若、お帰りなさいっ」


の声に軽く片手でこたえながら、床に上がり、自室へと向かう。


ラフなシャツにスラックスという、おれには部屋着のようなものに着替えて、早速、メールを確認する。


それは書き出しから、いかにも若い女の子らしい可愛らしいメールだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る