阪口組と鬼頭組を守るために小野原は消されたわけだ。

実動部隊の長が勝手に暴走して事に及んだ、という半ばは真実、半ばは嘘の、言い訳を通す為に。


「津島の叔父貴、何か掴んだんですか」

「…まあ、色々とツテはあるからな」

「へぇ?」

「ご丁寧に…絶縁状、ポケットに入れて。表向きは酒に酔っての海への転落らしいが…」


恐らくは自分で飲んだのではなく、無理矢理飲まされたのだろう。口をこじ開けて、失神するまで酒を流し込む。そういうリンチのやり方もある。


「そりゃ、随分と大人しいバラけかたで」

「絶縁についちゃ、おそらくは牽制もあるだろうよ」

「そちらは破門、こちらは絶縁、ですか」

「…ああ」

「生きてて絶縁ならヤクザ引退で罰にもなるだろうが、死んで絶縁じゃあ…ねぇ。…真相は藪の中じゃあ、筋が通らないんじゃないんですか?」

「…確かにな」

「阪口組の中条英五はなんて言ってるんですか?津島の叔父貴?」

「……」

「小野原が死んだって聞いて、調べましたよ、こっちもね」


中条英五。

数年で新興勢力の中でもトップの位置まで阪口組を押し上げ、的屋系の極道の中ではそれなりに名が知れてきている男。

現在、二十七歳。


「うちも鬼頭も神龍と常磐の若頭の命など狙えと言った覚えは全くない、小野原は既に絶縁しているから生きようが死のうが関係ないと」

「…金太郎アメ切ったみたいな定番のセリフですね。まあ、それより他言いようもないけど」


まさに極道の常套句だ。


「叔父貴、そろそろ飯食いたいんですが、いいですか。腹に何かいれといたほうが良さそうな込み入った話になるんでしょう?」

「…ああ。ちょっと待っててくれ」


そう言って叔父貴は立ち上がり、部屋を出ていく。

叔父貴が部屋の外へ消えた途端、スマホのメール着信のバイブ音が俺の上着の内ポケットを微かに震わせる。


「はい、龍哉です。お、黒橋。ん、やっぱり聞かれたわ。…うん、わかってる。お前らもせっかく叔父貴が部屋を取ってくれたんだから、旨いもん、食べろ?…じゃあな」


そして通話を終えてスマホを内ポケットに再び戻したタイミングで叔父貴が戻ってくる。


「…黒橋か?」


わかっていたのだろう。卓を挟んで前に座り直しながら、叔父貴が聞いてくる。


「ええ。今日は叔父貴のおごりだから、遠慮せずに馳走になれって言っておきました」

「そりゃ、怖いな(笑)」

「日頃は男所帯のがっついた飯ばっかりなんで。津島の叔父貴みたいに洒落た所連れてってくれる人の時ゃ、若いもんがじゃんけん合戦してますよ」

「相変わらず、口が上手いな。龍ぼうは。酒は白ワイン頼んどいたが、飲み始めはそれでいいか?」

「ええ」



「…イタリアの魚介料理ってこんなに旨いんですねぇ」


冷製の前菜も温かい主菜料理も、産地と新鮮さにシェフがこだわっていると聞いた通り文句のつけようのない旨さだった。本当なら次はデザートなのだが。

俺と津島の叔父貴の話は未だ続いていて。なかなかそこまで至らない。


「じゃあ、向こうが接触してくる可能性があるんですね?」

「一応、手打ち(和解)してる組の若、だからな。手出しを認める認めないは別にして、小野原のせいで名前が浮かんじまったからにはどちらかから何らかの接触があるかも、という話だ」

「…面倒臭い。綺麗なお姉ちゃんの来訪なら期待しますが、物騒な、見も知らない男共になんざ会いたくもない」

「そうだろうな」


ついでに言うなら俺は本当は綺麗なお兄ちゃんが良い。

相手は、言うまでもない。


「でもまあ、貴重な情報有難うございます、津島の叔父貴。事前に覚悟があるとないじゃ、対処が違いますから」


些細な情報でも目上を立てておけば間違いはない。


「そろそろ、デザートにするか」

「ええ」

「ここはな、チョコレート使ったデザートが絶品なんだ」

「津島の叔父貴、酒豪なのに甘いもん好きですよね」

「それは龍ぼうもだろ。飲んだら底無しの癖に、手作りプリンとか大好きなのよ~って明日美姐さんが前に言ってたぞ」

「…母さん…余計な事を」


俺は手で額を押さえる。

…息子の秘密をしゃべるなよ(脱力)。


「津島の叔父貴が知っているって事は他の叔父貴(舎弟)達も承知って事ですよね。はぁ…俺の若頭としての威厳は…」

「大丈夫。少し位の隙は可愛気だ。それに威厳なら充分ある」


津島の叔父貴はニヤリと笑う。


「この四年で自分の表の商売でのシノギ(稼ぎ)を倍にして。元々うちの組じゃ薬(ドラッグ)扱うのはタブーだったが、お前が手元の組員に薬厳禁を徹底してるお陰で、こっち(本家)の警察への手回しもわずらわしくない」

「俺はやるべき事をきっちりして、リスク軽減してるだけですよ。大した事じゃない」

「その根本が出来てない半端な奴等が多すぎるんだよ」


だから、お前さんは色んな意味で悪目立ちするんだ、と津島の叔父貴は眼で語る。この叔父貴は俺に好意的だから、俺も割合と気を許せる。


「人は人。我は我…ですよ」


そう言うと。

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