風と遊ぶ菊

藤泉都理

風と遊ぶ菊




 ピンクの花言葉は、「甘い夢」。

 赤の花言葉は、「あなたを愛しています」。

 白の花言葉は、「真実」「慕う」「誠実な心」。

 黄の花言葉は、「わずかな愛」「破れた心」「長寿と幸福」。

 紫の花言葉は、「私を信頼してください」「夢が叶う」「恋の勝利」。


 仏花として用いられることが多い菊の花にも、こんなにたくさんの花言葉があると知ったら。

 贈花に適していると知ったら、君は受け取ってくれたのだろうか。

 いや。君はきっと、とっくの昔に知っていて、けれど、それでもどうしても君は、






 銀河とは数百から数千個の恒星などが集まっている天体です。

 地球から見る夜空の星は、ほとんどが私たちがすむ銀河系の星々です。

 銀河系とは太陽系を含む銀河のことをいい、私たちの住む太陽系は銀河系の端の方にあります。


 地元の科学館でドームシアター(プラネタリウム)を鑑賞している時に、流された語りを聞いた君は立ち上がっては、興奮冷め止まぬ様子で何度も何度も飛び跳ねて、地球を飛び出すと大声で言い続けた。

 宇宙がこんなに広いだなんて思いもしなかった。

 絶対に絶対に、行く。

 何億光年とか、絶対に生きている間は無理だなんて、知るもんか。

 絶対に絶対に行くんだ。


 君は光を超える速度で宇宙空間を移動するワープ航法を奇跡的に、いや、奇跡的なんて言葉を使ったら、君に失礼かな。

 君の、君と共に研究に尽くした研究者と開発者の実力で、ワープ航法を実現させて、君は銀河系の端まで飛んで行った。

 誰も彼もが、宇宙へと飛び立って行った。

 まるで、SF映画を観ているような心地だった。

 次から次へと開発された宇宙船で、厳しい訓練など経ることなく、年齢や病などの制限もなく、誰も彼もが気軽に宇宙に飛び立っていくのだから。


 僕は地球から旅立つ君に、菊の花束を贈った。

 そうしたら君は言ったね。

 嬉々とした顔を曇らせて。いや、険しい顔をして。

 こんな不吉なものを渡すなんて、サイテーだって。

 僕が伝える暇も与えず、君は宇宙船に乗って、地球から飛び出してしまった。

 僕は投げ捨てられた菊の花束を持って、暫くの間、空を見上げ続けていた。











 風の噂で、あなたが銀河をかける料理店をしていると知った。

 何でも、菊を使った料理を出しているという。

 相変わらず菊が好きなのだ。

 そう、あなたは菊が好きだった。

 私は菊が嫌いだった。

 だって、菊は、死んだ人を送り出す花だから。

 わかっている。

 仏花として扱われているけれど、仏花だけの一面を持っているわけではない。

 死人を送り出す為だけの花ではない。

 わかっている知っている。

 けれどどうしても、仏花としての一面が私の中に刻印されていて、どうしても、贈り物として、嬉しいと喜んで受け取れる花ではなかった。


 道端に捨てられていた赤子の私を拾って育ててくれた恩のあるAIロボット。

 僕も捨てられたんだと、物心がついた頃に悲しそうに言っていた。

 捨てものには福があるから大丈夫。

 胸を張って言えば、それは残り物には福があるだよと真面目な顔で指摘されたっけ。




『好きなんだ。菊。何でだろう。僕が捨てられたところに菊がいっぱい咲いていたからかな。菊が傍に居てくれたおかげで、不思議と寂しくなかった。そうそう。君を見つけた場所にも、菊がいっぱい咲いていて、僕は、菊の精霊が赤ん坊になって僕のところに来てくれたんだと思ったよ。これから一緒に楽しんじまおうぜって、言われている気がしたんだ』




 ぽたりぽたり。

 涙がしたたり落ちる。

 会おうと思えばいつでも会えた。

 地球にずっと居るって知っていたから、いつだって。

 でも、会えなかった。

 気まずくて、

 あなたの好きな花を、私は好きになれなかった。

 その事実がどうしても、いつだって、私に深く濃い影を落とした。

 好きになりたかった。

 好きになりたかったのに、

 どうしても、好きになれなかった。




「「ごめんなさい」」


 君の宇宙船を見つけて。

 あなたの料理店を見つけて。

 どちらともに船と店をドッキングさせて、短い道を駆け走って、頭がぶつかるか否かの距離まで縮まって、深く頭を下げた。


 君が嫌いだって知っていたのに、菊を贈ってごめんなさい。

 あなたが好きだって知っていたのに、菊を投げ棄ててごめんなさい。


「好きな花だって、僕たちの運命の花だって、押し付けてごめんね」

「あなたの好きな花なのに、好きになれなくて、ごめんなさい」


 AIロボットと女性は互いに滴る涙を手首で拭ってのち、話そうと言った。

 いっぱいいっぱい、話そう。

 言いたいこと、言えなかったこと、全部全部、今、言いたい。




「安心して。菊以外の料理を出すからね」

「うん。あのさ………これ。あげる。見つけた。私が行ってきた星で。似てた。から」

「………うん。うん、ありがとう」


 AIロボットは透明なケースに入れられた菊に似た銀色の花を受け取ると、胸に押し付けて、冷凍保存させてのち、自身の身体にくっつけた。


「似合う?」

「………うん。かっこよくなった」

「うへへ」

「………お腹減った。早く、料理を作ってよ。シェフ。菊以外の食材でね」

「ヘイ菊以外の食材でのお任せご注文承りました!!!」

「え?何その変なテンション?」

「え?結構評判いいんだけど」

「へえ~」

「畏まった感じがよかった?」

「別に。いいんじゃない?」

「え~ほんとうに~?」

「いいっていってるじゃんもう!」

「あ。ごめんごめん。ほら。今から作りますからお席に座っていてください」

「やだ。近くで見てる」

「え?そ。そう?照れちゃうなあもう」

「照れてろ照れてろ」











(2024.9.26)



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