第23話 シルフとイズン

「それなら、俺は疑われる余地がありませんね。わざわざ自分も一緒に狙わせて、怪我すると思いますか? それに二度もですよ」

 と、シルフは返す。

「オレだってそんなのないと思うなー。だいたい、最高神がどうとかっていうのも、つい最近知ったことなんですよ?」

 ダリウスもそう返し、ノーアはギュスターを見る。

 ギュスターはユーティアから目を離すと、三人を振り返った。

「ずっと遠距離で寂しい思いをさせてきた恋人を、これほど危険な目に合わせる彼氏がいますか?」

 そして視線はノーアへと集まる。

「私だって疑われる余地などありませんね。ただでさえプリンセスの家庭教師に敵方の情報集め、ユーティアの護衛と、毎日予定がたくさん入っているんです。闇魔法とのつながりなんて築けませんよ」

 もしクランベリー王女と共犯だったら――と、三人は考えたが、誰も口にはしなかった。


 地下の牢獄で、もっとも深く冷たい独居房にイズンは監禁されていた。

「お嬢さん、知ってることすべて話してくれません?」

 と、面倒くさそうに問いかけて来た茶髪の青年に、イズンは言う。

「今はまだ嫌だね。話しても話さなくても、罰は変わらないんでしょ?」

 床にはめ込まれた魔宝石のせいで魔力が封じられていたが、彼女は強気だった。

「あー、まあな。でもお嬢さん可愛いから、素直に吐けば少しは軽くなるんじゃね?」

 と、ダリウスは大きなあくびをする。

 本心ではないと分かっていても、イズンにとっては抵抗を覚える台詞だった。

「じゃあ、ミスター・オードを出してくれない? 彼にならすべて話すわ」

「お前も恋する乙女か?」

 イズンは反応しなかった。椅子を立ったダリウスはのんびり歩き出し、出口付近で待機していたシルフを呼ぶ。

「シルフ、ご指名だぜ」

 と、奥の檻を指差した。

 シルフはため息をついてからそちらへ向かう。

 イズンは壁に背を預けて待っていた。

「何だ? さっさと吐いてくれないと困るんだが」

 シルフはそう言いながら椅子に腰かける。

 するとイズンは目を合わせることもなく言った。

「あんた、あの子のことが好きなんだね」

 シルフは答えなかった。

「お前らの目的は何だ? 最高神を復活させてどうするつもりだ?」

「でも彼女には恋人がいる。可哀想なあんたに、いいことを教えてあげるよ」

 空気が悪いのをシルフは感じた。窓がないからだろうか、息苦しい感じがする。

「あの方が一番恐れているのは彼だ。若さと能力のバランスが、あんたらのうちの誰よりも優れている。間違いない、彼が盾だ。あの方は絶対に彼を殺すよ」

「そんな情報は欲しくない。俺の質問に答えろ」

 遠い目がこちらを見た。

「あんた、喜んでるね? これだから人間は怖いんだよ」

 にやりと笑うその顔が怖くて、シルフは口を閉ざした。人心が読める彼女には何を言っても無駄らしい。

「それとも、このまま彼女に想いを伝えずに辛い思いをし続けるかい? 彼女を奪うチャンスは一度しかないよ」

 イズンの声が狭い空間を跳ね返って重く響く。――相手の口を封じてやりたい。これ以上、余計なことは聞きたくない。

「いつまでも隠しているのは辛いでしょう。自分の思い通りにならない世界は、何よりも恐ろしい。

 それなのに、素直になってしまえば気分は楽になるっていうのに、あんたは何もしないでいるつもり? 彼女の生きている今だからこそ、やれることをやるべきじゃない?

 あんたは臆病だ。他人の気持ちも考えずに自分までも騙し続けて、本当にそれでいいと思っているの?」

 シルフはめまいを覚えて両目を閉じた。動揺を悟られたくないが、彼女にはすべて見透かされてしまう。

「精神的な攻撃はもうよしてください」

 ノーアの声が耳に届いてはっとした。

 イズンが悔しそうに舌打ちをする。

「シルフ、後は私がやるので少し休んできてください。どうか気を落ち着かせて、くれぐれも冷静な行動を」

 と、肩に手を触れられ、シルフは立ち上がった。

「すみません」

 そう返し、シルフは足早に出口へ向かう。

 途中でダリウスは彼に声をかけようとしたが、何も言えずにその背中を見送った。


 目を覚ますと気分が悪かった。夢から醒めたはずなのに、目に映る景色を現実ではないように感じる。

 ユーティアはぼーっと天井を見つめ、一つ息をついた。

 気付いたメイリアスがベッド脇へ来て優しい表情を向けてくる。

「おはよう、ユーティア。気分はどう?」

 彼女を見上げたユーティアは言った。

「頭が痛いわ……気持ち悪い」

 心配そうな表情でメイリアスはユーティアを見る。

「今日は起き上がらない方がいいかもしれないわね。他に悪いところはない?」

 ユーティアは静かにこくりとうなずいた。

「じゃあ、ゆっくり寝ていればじきによくなるわよ。きっとまだ、闇があなたの中に残っているんだわ」

 そう言ってメイリアスはユーティアの毛布をかけ直してやった。

 ぼーっと新しい記憶を思い起こしながら、ユーティアは今の状況を理解する。――ペンダントを盗られて、闇魔法が自分を……。

 はっとしてユーティアはメイリアスを見た。

「そうだ、ペンダントは?」

「大丈夫よ、ちゃんとここにあるわ」

 と、メイリアスはユーティアの首にかかったペンダントを持ち上げる。

 それを見て安心したユーティアは微笑み、その後はどうなったのだろうと疑問に思った。しかしその前に聞きたいことがある。

「今日は、誰と誰が護衛なの?」

「ミスター・アデュートールとダリウスよ。もうすぐ部屋に戻ってくるわ」

「……ねぇ、今日って何日?」

 ユーティアがそうたずねると、メイリアスは答えた。

「三月と十三日目よ。あなた、この二日間はぐっすり眠ってたのよ」

 ユーティアは驚き、呆然とまばたきを繰り返した。こんなことは初めてだった。

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