第22話 密偵の可能性

「素敵なお守りだね、闇を全部跳ね返してる。でもあなたが倒れてしまえば、それも意味ないわ。ラティ・ノート」

 大小の見えない石が、シルフの身体にぶつかってきた。じわりと闇に侵されていくのが分かる。

 鈍い痛みをこらえながらイズンをにらむ。どうやら敵はそれなりの実力者らしかった。ならば、こちらも。

「エオー」

 重たい空気の刃が小柄なイズンを切り裂く。避けようともせず、ただ翻弄された彼女はシルフへ向き直り、また笑顔を浮かべた。

「ギューフ・フェンリル・ノート」

 煙のような白い狼が現れてシルフに襲いかかる。とっさにそれを避けると、狼がうずくまっていたユーティアに噛みつこうとした。本来の狙いがそちらであると気づいた時には遅く、かろうじて魔宝石がユーティアを守っていた。

「ハガル」

 すぐに召喚消去魔法で狼を消し、再びイズンに目を向ける。

「やっぱり魔法使いは違うねぇ。でもその程度じゃ勝てないわよ?」

 そう言ってイズンは三度目の魔法を唱えた。

「カノ・ノート」

 瞬間、炎が自分を取り囲む。

「ウル・ラーグ」

 小規模な嵐で炎をかき消すと、イズンがいつの間にかユーティアのすぐそばにいた。

「あらら、うなされてるようだね。魔宝石ももう限界かしら?」

「っ、エーギル」

 大量の水流がイズンをユーティアから離し、立ち上がったイズンはまた言う。

「彼女、ずっと恋人の名前呼んでるけど」

「だから何だ? 俺には関係ないことだろ!」

 シルフがそう返せば、イズンはにっこりと不敵に微笑んだ。

「あたしには人心が読めるんだよ」

 唐突に脳裏で記憶がよみがえった。人の心が読めるからといつも他人を避けていた――イズン・ノッド・セアーズ。

「可哀想に。あなた、自分の本心を認めない気なのね?」

 むちゃくちゃに魔法を唱えて相手を黙らせたい衝動に駆られるが、シルフは冷静に自分の胸に付けた魔宝石を見やる。石から発される青い光が強さを増していた。

「――ニィド、グローイ」

 それは能力低下魔法と光の合わせ技だった。大きな白光が空間いっぱいに広がって、あらゆる能力が一時的に半減し、その隙にギュスターが中へと飛び込んでくる。

「っ……!」

 イズンがその気配に気づいた直後、剣を手にしたギュスターがその背中を斬りつけ、闇魔法は瞬時に途絶とだえた。

 地面に倒れたイズンは気を失っていた。

「よく保ってくれたな」

 と、ギュスターはシルフを見る。

 空間を切り取る闇魔法は外からの侵入を受け入れないが、一時的に光で満たしてしまえば第三者も中へ入り込める。仲間が近くにいたからこその光魔法だった。

「いや、それよりもユーティアが心配だ」

 シルフの魔宝石を手にしたユーティアも、すっかり意識を失っていた。


「やはり最高神が宿っているせいで、人よりも闇魔法の影響を受けやすいようです。しばらく静養していればすぐに体調もよくなるでしょうが、この状態で再び闇魔法に触れたら、彼女の命に関わるかもしれません」

 ユーティアに侵入した闇を可能な限り光で除去したノーアは、神妙な顔でそう言った。

「さすがにそれはあちらも望んでいないでしょうが、油断は出来ませんよ」

 眠り続ける彼女にギュスターはずっと寄り添っていた。

「あいつら、俺がユーティアと二人になった時だけを狙っています。どうやら、俺が実戦向きの人間ではないと考えているようです」

 と、シルフは口を開いた。ちょうどメイリアスが夕食の支度をしに部屋を出ていた。

「まあ、確かにシルフは武術できないよな。魔宝石扱わせたら、誰も勝てないと思うけど」

 ダリウスがそう相槌して、ノーアはふと立ち上がる。

「では、その隙を作らないように編成しなおしましょう。シルフに抜けられては困るので、彼女が外出する際は私たち三人の内、二人でつき、室内にいる際はシルフに加わっていただく、というのでどうでしょう?」

「でもノーア、そうしたら順番に回せなくなりますよ?」

 ダリウスの口出しにノーアはうろうろと辺りを歩き回る。

「では、これからは外出を禁止しましょう。何が起こるか分からないので庭へ出るのも制限し、護衛は今までどおり二人で行います。本当はあまり厳しくしたくないのですが、やむを得ません」

 ギュスターの取り返してきたペンダントがユーティアの胸で光を反射していた。

「もうひとつ気になる事があります。俺たちがイズンに襲われる前、彼女のペンダントが何者かに盗まれました。それを偶然ではないと考えるなら、やはり密偵の可能性が濃くなると思いませんか?」

 シルフはずっと考えていたことを口にし、全員が押し黙る。あのペンダントに魔宝石がついている事を知っているのは、それを彼女へ渡した時、部屋に居合わせた人物だけだ。

「まさか、プリンセス・クランベリーだったりして」

 苦笑いでダリウスがつぶやくと、ノーアが反応した。

「ありえないと言いたいところですが、彼女も精神的には大人ですからね。何か目的があるのであれば、可能性がないとも言いきれません」

「だが、メイリアスの可能性だってある」

 と、シルフが言うと、ダリウスはとっさに反論した。

「どうして彼女が? メイリアスはオレたちが選んだ侍女なんだぞ、そんなわけないだろ」

 言い終えると、ダリウスはノーアの視線を感じて苦笑いを浮かべる。

「そんなにむきにならないでください。いくら彼女に好意を寄せていても、決めつけるのは危険ですよ」

 いたずらっ子のような表情がダリウスを見つめていた。

 察したシルフは淡々と言う。

「ああ、やっぱり彼女が好きなのか。だが密偵の可能性は捨てきれないんだから、下手にかばうな。相手は何を考えているか分からないんだぞ」

 ダリウスは不機嫌に舌打ちをした。笑っていたノーアが、ふと真剣な顔をして言う。

「一番嫌な展開ですが、私たちの中に裏切り者がいるという可能性は?」

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