第21話 闇の空間

 街中に植えられた木々が緑を揺らし、行き交う人々は誰もが明るい顔をしていた。春はいつだって人の心を喜ばせる。

「ねぇ、ギュスター。どこかでお茶しましょう」

 あのお店なんて雰囲気よくない? と、ユーティアは向かいの喫茶店を指さした。まぶしい太陽がきらきらとその看板を照らし、ギュスターはうなずく。

「ああ、そうだな」

 腕を組んで歩く二人が妙にまぶしい。道を横断し店へ入ると、上機嫌なユーティアが真っ先に注文をした。

 向かい合う二人、間にシルフ。きっと今の彼女にはギュスターしか見えていないのだろうが、変な気分だった。

「ギュスターが貴族なのに頭悪いって、年上の子たちにからかわれたことあったよね。そしたら、ギュスターが木の棒で彼らをやっつけちゃって、わたしね、本当はあの時から気になってたの」

「ああ、そんなこともあったな。あれは、お前たちが彼らにいじめられないようにと思ってしたことだ。数年後にはよくつるむ仲間になってたがな」

「ええ、そうね。村のみんな、今頃どうしてるかしら? きっとヴィアンシュたち、寂しがってるわよね」

「そういえば、両親に手紙書いたんだろ? 返事はまだなのか?」

「うん、まだ来てないの。きっとわたしがいなくなったから、みんな忙しくしてるのね」

 そう言ってユーティアは服の上からペンダントに触れた。大事な友人からの贈り物、故郷を思い出させる唯一の物だった。


 店を出た後は適当に街を歩いた。

 楽しそうにはしゃぐ二人をながめながら、シルフはふとはぐれてしまいたくなる。――他人のデートに付き合わされるのが、これほど辛いとは思わなかったな。

「……シルフさん、聞いてました?」

 はっとして我に返ると、ユーティアがシルフを見ていた。無駄な動悸が体温を上げて、とりあえず詫びの言葉を発する。

「悪い、聞いてなかった」

 ユーティアは少し口をとがらせると言った。

「あきらめが肝心だっていうことですよ。シルフさんもそう思うでしょう?」

 と、また笑顔を浮かべる。――ああ、きっと彼女に嘘はつけないな。

「ああ、そうだな」

 ギュスターが何か反論したが、シルフにはよく聞こえなかった。

 大通りへ出ると、一気に人が増えたように感じられた。平日だというのに、多くの人が行き交っている。

 ユーティアはギュスターにしがみつくようにして歩いていた。人とぶつからないよう配慮しているためか、歩きづらそうだ。

 すると、ふいに誰かがユーティアにぶつかった。

「きゃっ」

 彼女がバランスを崩してギュスターに支えられる。謝りもせずに通り過ぎるとはなんて礼儀のない奴だとシルフが思った時、ユーティアが声を上げた。

「ペンダント!」

 はっとして彼女の首元に目をやると、服の下に隠した鎖が消えていた。その価値を一番よく理解しているギュスターがこちらを見て言う。

「シルフ、ユーティアを頼んだ!」

 と、盗人の消えた方へ走り出す。

「どうしよう、大事な物なのに……」

 先ほどまでの笑顔が嘘のように、ユーティアは今にも泣きだしそうな顔をする。

 シルフはそんな彼女の手をとると、角を曲がって人気のない路地へ入った。

「心配するな、ギュスターのことだからすぐに取り返して来るさ」

 ユーティアはうなずいたがまだ不安げだ。

 シルフはきょろきょろと周囲を見回して安全を確認した。

 ペンダントを失った今、闇魔法に襲われたら大変だ。それでなくとも、今の彼女は立派な貴族に見える。金目の物を持っていると勘違いされてはもっと困る。

「――シルフさん、何か聞こえません?」

 ふと顔を上げたユーティアがそう言い、シルフは耳を澄ませた。……何か大きな物が地面を這いずるような音がする。

「……し、シルフさん」

 怯えるように言った彼女の視線の先には、闇が広がっていた。

 シルフはどうして嫌な事が現実になるのだろうと思ったが、すぐに彼女の手をとって道へ出る。

 ――遅かった。そこにはすでに闇の空間が形成されていた。真っ暗な闇色に世界が染まり、存在することを許された者だけが空間上に立つ。

「どこだ、術者はどこにいる」

 震えるユーティアの手を強く握り、捕らわれないように抱きしめる。だが、彼女から荒い息遣いが聞こえてはっとした。

「ユーティア?」

 闇魔法が彼女の身体に侵入しているようだ。シルフはすぐに自分のペンダントを外して彼女に渡した。

「大丈夫だ、一定時間なら守られる」

 と、彼女を地面へ座らせる。乳白色の魔宝石が不思議な光を発し、闇魔法からユーティアを防御していた。

「わざわざ狙ってやってるっていうのに、用意のいい学者さんだねぇ」

 すぐさまシルフが自分自身に防御壁を張ると、ふいに上方から声がした。

「ごきげんよう、オード家の坊ちゃん。そして最高神の宿り主よ」

 小柄な女性が二人を見下ろしていた。

「あたしを覚えてる? 小学校の時同じクラスだった、イズンだよ」

 女性がふわりと地面へ下りてきてにっこりと笑う。

 シルフは目を細めてその姿を確認したが、すぐには思い出せそうになかった。

 特徴的なのはふわふわの赤毛と、大人のようにも子どものようにも見える少女的な外見だ。

「頭だけで軍人になったあなたのこと、どうせ戦闘能力は大した物じゃないんでしょ?」

 一歩一歩とこちらへ寄ってくるイズンを見据え、シルフはとっさに身構える。武器は護身用のナイフだけ、構えは魔法使いのそれである。

「さあユーティアお嬢様、あたしたちと一緒に行きましょう」

 イズンはユーティアに向かって手を伸ばしたが、魔宝石の力に跳ね返される。

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