第9話

駅前で莉子と別れてから、真綾は引き返して自宅までの道のりを歩き始めた。



(買い出し……夕方でいいかな? お昼は簡単にしちゃおっと)



一刻も早く空腹を満たしたくて、心なしか歩みか早くなった。



自宅のアパートまであと百メートルを切った所で、鞄の中にあるスマートフォンの着信が鳴り出した。



「わっ」



立ち止まって鞄から取り出すと、画面に表示された名前に驚きで手を滑らせるところだった。



「もしもし……」


「よう。今大丈夫か?」



電話をかけてきたのは修也だった。



「大丈夫。どうしたの?」



心臓の鼓動はバクバクと暴れているが、修也に悟られぬように平静を装いながら話す。

あと十数分で午後一時……部活の時間に差し掛かるが、なぜわざわざ掛けてきたんだろう。真綾には見当がつかなかった。



「いや、特に用とかじゃねえけど……友達出来たかなって気になってよ」



(あたしのこと心配してくれたんだ……)



「大丈夫だよっ。友達すぐに出来たんだ。ぼっちは無事に回避出来たよ」



修也が気にかけてくれた嬉しさに、自ずと声が弾んでいた。



「それならよかった……まあどの道ぼっちにはさせねえよ――――オレがいるし」



最後ぶっきらぼうに呟かれた言葉に、真綾は胸を撃ち抜かれた。



(ああ……今のキュンってきた! 反則だって!)



今自室にいたら、ベッドの上でごろごろとのたうち回る自信がある。

それほど真綾は修也の言葉にときめいていた。



「ありがとう。心強いよ」


「礼は要らねえ。オレがしたくてやってるんだからな……じゃあ、そろそろ部活に出るよ」


「頑張ってね!」



修也の「おうっ」と言う返事を最後に通話は終わった。



(うう、頬が緩む……いや、これで緩むなって方が無理)



空腹が麻痺するほど、真綾の胸は嬉しさでいっぱいになり、足取りが格段軽やかなものになった。





この時、真綾は知る由もなかった。



この穏やかな日常の終焉までのカウントダウンが、すでに始まっていたことに――――




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先生は歪んだ愛情をあたしに与える 水生凜/椎名きさ @shinak103

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