プリエール――シトリー

 二階の出窓が定位置だった。そこで膝を抱え、ぼうっと外の景色を眺めている彼の姿を何度も見かけた。

 その横顔にはいつも隠しきれない羨望と、悟りにも似た諦めが浮かぶ。

 晴れの日も曇りの日も、雨や雪の日も、街ゆく人々を眺めるばかりの彼が、少しばかり憐れで。そういう情を感じ取る器官が己にもあるのかと驚いた。

 悪魔であるオレが、憐れだなどと宣のたまうのはおかしな話だが。

 彼の周りは悪魔ばかりが跋扈ばっこしている。誰より人との関わりを望んでいるくせに、人は苦手だからと言い聞かせるようにくちにして、魔の者に縋る様はいっそ滑稽だ。

 滑稽で、そしてひどく愚かだ。


「おい」

「……あぁ、シトリーちゃん。どうしました?」

 緩慢な動作でソロモンが振り返れば、伸びっぱなしになった榛色はしばみいろの髪が揺れる。そろそろ切ってやらないとなと思った。こいつは自分の外見に頓着が無さすぎる。

 無言のオレを不思議そうに見て、幼子のようにあどけない仕草で首を傾げた。人族はすぐに成長するが、こいつの内面は出会った頃から何一つ変わっていないように感じる。ガキのままだ。

「あー……、んなところにいたら、また風邪引くぞ。熱い茶でも淹れてやるから、そこの椅子に座って待っとけ」

「ふふ、私の心配をしてくれるんですか?」

「うるせえ。面倒が増えるのが嫌なだけだ」

 風邪でぶっ倒れられでもしたら、どうせオレが看病してやる羽目になる。それが面倒くさいだけだ。

 ――ただ、それだけだ。

 茶を用意しながら話に付き合ってやれば、憂うれうげで儚い様子の片鱗も見えないほど彼はよく笑った。


 茶菓子を取りに少し席を外すと、戻ってきた頃にはソロモンは再び窓の方を見つめていた。こちらからでは表情は伺いしれないが、脳裏には自然といつもの横顔が浮かんだ。

 テーブルの上で無造作に組まれた手。人差し指に嵌められた金の指輪を、もう片方の指先が弄もてあそぶ。

 それは、彼が考え事をしている時の癖だ。頻繁に見かければ嫌でも気付く。尤も、本人は無自覚のようだが。

「シトリーちゃん」

 不意に呼びかけられて、瞠目どうもくした。背を向けたままなのに何故かと思えば、窓にこちらの姿がしっかりと映り込んでいた。

「あんだよ。ちゃん付けやめろ」

「いつも。いつも、本当にありがとうございます。あなたが入れてくれたお茶は優しい味がして、落ち着きますね」

 柔らかい笑みを浮かべ、こちらを振り向く。ゆったりとカップに口をつけて、また笑みをひとつ。

 優しい味、ねえ。悪魔なんぞが入れた茶が優しい味とは、また。

 向かいの椅子に腰かけながら、半目で睨め付けるが「相変わらずシトリーちゃんは睫毛が長いですねぇ」などと呑気に返された。そんな話はしてねえんだよ。

 それでも、空虚に窓の外を眺めているより、こうして呑気な顔で笑っていればいいと考えてしまうあたり、オレも大概こいつに毒されている。

 切り分けた茶菓子の切れ端を齧って、その甘さに顔を顰めた。



――

―――

絆されていないと自分に言い聞かせるシトリーでした。

うちの72柱はみんなソロモンが大好きなんだよね……


Twitterの文字書きワードパレットをお借りしています。

6.プリエール【気づく・指輪・横顔】

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Carpe diem(カルぺ・ディエム) 遥哉 @furann10

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