青天の霹靂・序――ヴァッサーゴ
ピンクベージュの髪と灰のスカートを揺らして、額から角の生えた少女が足取り軽く、歩いていた。
少女――ヴァッサーゴは、憤怒の悪魔サタンの元へと向かっていた。短気でいつも不機嫌なサタンだが、子供姿の者にはごく優しく、異常なまでに可愛がる。チヤホヤされるのが好きなヴァッサーゴは、そんなサタンの事を割と気に入っていた。
たたん、とリズムを刻むように廊下の角を曲がろうとして、何者かの気配を感じた彼女は闇にそっと身を潜める。
ゆっくりと押し開かれた扉から、しきりに周囲を気にした様子のサタンが顔を覗かせた。出掛けようとしているらしく、よれよれの外套を羽織っている。
ヴァッサーゴはサタンの行き先を直ぐに思いつく。というのも、彼が出掛けるのはたいていそこだからだ。
(彼奴め、わらわという者がありながら、人間界に行くつもりじゃな?)
うむむむと拗ねたように唸るのも束の間。人間界に行ったサタンの後をつけるのも楽しそうだと考え、ヴァッサーゴはこっそりと挙動不審なサタンの後を追った。
ペットに持ってこさせたつばの広い帽子を被って、異形の目を閉じ人間界にトンと降り立つ。
目を閉じていても、ヴァッサーゴの世界に変化はない。はじめからその眼球は今を映してはいないのだ。代わりに実体のない下級悪魔をペットとして飼い慣らし、それを自身の目として彼女は生活していた。
そのペットの一体がサタンを見つけたというから視界を共有してみると、子どもが集まる広場のそばを、何をするでもなく不審なまでに何往復もウロウロする憤怒の悪魔がそこにいた。時にはベンチに腰掛け、子どもたちに熱視線を送る。その様はボール遊びをする子どものボールがこちらに転がってこないかと思念を送っているようでもあった。
(どう見ても可哀想な程に不審者じゃのう……)
強面で長身な外見も相まってサタンは誰が見ても不審者でしか無かった。彼が望むように子どもが近寄ってくるはずもない。
哀れそうにため息をついたヴァッサーゴは、目を閉じたまま危なげなく歩き出す。離れていても様子を見ることは出来るが、ある程度近くにいなければ声までは聞き取ることが出来ないからだ。
サタンのそばにいるペットと視界を共有していると、彼は何かに気付いたようにキョロキョロし始めた。
(んむ、さすがに気付かれてしまったかの?)
そんなヴァッサーゴの思いをよそに、ペットとは反対の方向へ歩き出すサタン。その表情はどこか楽しげであった。
向かった先には泣きじゃくる人間の娘がいた。
それを確認して、呼吸をするような当然さで過去視を行ったヴァッサーゴは、その娘が母親とはぐれて泣いていると直ぐに把握した。疑問があれば、まずは過去を視るのがヴァッサーゴの癖だった。
ペットが適度な距離感で憤怒の悪魔を眺めていると、彼はいつものように鼻から出血しながら、娘と何かを話している様子。
(距離が離れておるから、何を話しているかまでは分からんのぉ。それにしてもあれほど嬉しそうにしおって……)
うむむむと再び唸りながら、急ぐべくヴァッサーゴは駆け出した。自分以外がサタンにチヤホヤされるのは気に食わなかったらしい。
遠くのペットと視界を共有していたせいで、数歩進んだところで壁に激突してしまったのはご愛嬌である。
――
―――
青天の霹靂でのヴァッサーゴの動向のお話。
彼女はちやほやしてくれるサタンを結構好ましく思っているので、人間如きのせいで自分がほったらかされるのは我慢ならないようです。
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