憤怒の追憶 ep.superbia――サタン

 俺はあいつが嫌いだ。

 元天使だかなんだか知らんが、魔界に堕ちてなお天使然とした雰囲気の奴。何もかもを知った風な顔で、どこか哀れんだように俺を見るあいつが気に食わん。

 暗い魔界に見合わない輝く銀も、きれいに透き通った薄紫もせんぶ、ぜんぶ、俺を無条件に苛立たせるには十分すぎる。

「サタン、てっめえ! また人間の子ども攫ったのか! ここ数日で何人目だよ、ったく」

「貴様には関係ない」

「ああ、関係ねーよ。だから後始末までかんとやれって言ってんだよ」

 ガシガシと、銀の髪を乱暴に揺らして頭を掻く。サラリと流れる銀色は、やはりきれいだった。魔界にはなかった色だ。俺が誕生してから、ずっと。

 魔界には、きれいな物なんて何一つ無い。それを知ったのは人間界に行けるようになってからだったか。

 眩い銀に目を奪われていると、不意に奴と視線がぶつかった。じ、ときれいな瞳に俺を映す。心の中まで覗かれているようで、不快だった。苛々した感情のまま、奴を睨みつける。

 そんな俺を見て、呆れたようにため息を吐いた。

「……なんだ、貴様」

「お前さぁ、誰彼構わず威嚇しなくてもいいんじゃねえの」

 威嚇? 威嚇などではない。ただ単に貴様が腹立たしいだけだ。と、言ってやろうとしたが、言葉が声にならなかった。

 やはりこいつと話すと苛々する。いっそ本気で奴を燃やしてしまえば、この苛立ちから解放されるのかとも考えるが、それは机上の空論だ。同族相手にそれはしないと、彼に誓ったのだから。

 同族を飽きるほど殺して、壊した結果は底なしの孤独しかなかった。挙句、俺に対抗しようと決起した集団に命を狙われる始末。もう、独りになるのは。

「ま、お前なら否定するだろうけど。今は誰もお前に危害を加えようと思ってねーよって事だけ知っとけ」

「……何の話だ」

「それはお前自身が一番分かってんだろ。甘えんな」

 直前の思考を見透かされたようで。……ああ、腹が立つ。

 目の前の堕天使はニヤリと口角を上げる。

「お前って、ほんとは素直なヤツだよな」

 そう言って、ぶふっと最後に笑い声を漏らした。

 ぶちっと何かが切れた音がした。やはりこいつは俺の神経を容易に逆撫でする。苛々と舌打ちをすれば、奴は余計に面白そうに笑った。一々気に食わない奴だ。

 嫌いだと強く確信する。ギリギリと怒りを抑えるように奥歯を噛むが、周囲には俺の感情と共鳴した黒い炎が燃え上がった。

「貴様は……ッ!」

「おー、こわ。はいはい、からかって悪かったよ。とにかく、次からは騒ぎにならねぇように慎重に攫えって話だ。でなければ一生攫うんじゃねえ。いいな」

「…………ああ」

「よし」

 俺の返事を聞いて、満足気に頷いた銀の堕天使は、長い髪を揺らして去って行った。


 奴も。ルシファーも今や俺と同じ悪魔になったというのに、依然として綺麗なままの様に見えるのは、何故。

 奴の姿が消えた方から視線を外し、一つ舌打ちをした。



――

―――

サタンとルシファーの話でした。

ルシファーが綺麗過ぎて苛々するサタン。おまえルシの事ほんとは好きじゃん。

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