第28話

まりもが薙刀の稽古に加わるのと入れ替わりに、花器を携えたりおが入ってくる。


季節の花を飾るりおを眺めていると、ふと、記憶に残る花の香りにひろむは気づいた。


りおのそばに寄り、背後から花器を覗き込む。


「御台様、御用があればこちらから伺います、どうぞお戻りください」


活けられた花の香りを確かめるが、どれも違うようだ。


「この花ではないようだ、何の香りだろう・・・」


意味ありげに微笑むりおと、花を見比べながら首をかしげるひろむ。


りおは自分の鴇色の打掛を脱ぎ、そっとひろむの肩へ掛ける。


「御台様、気になるのはこの香ではありませぬか?」


その甘い香りに包まれると、なぜか身体が火照る気がする。


ようやく見つけた、心地良くどこか苦しくなるようなその香りにひろむは目を閉じた。


「なんや・・・りおの衣の香か・・・」


目の前の、甘い香りの衣に包まれた小さな肩を、組み敷いてしまいたい衝動を抑えながら、りおは抜かれた衿から覗く白い首に視線を移す。


打掛を合わせながら、その香りの中で溜息をつくひろむに苦笑しながら、りおは活けていた花の冷たい花びらを一枚、そっとその衿元に落とす。


「ひゃっ・・・」


ビクッと身体を震わし、衿に手をやるひろむ。

白かった首がみるみる赤くなり、りおの微笑が深くなる。


「失礼いたしました」


そう言って衿に落ちた花びらをつまみ上げると、赤くなったひろむに見つめられる。


「どうかなさいましたか?」


りおの打掛を肩から落としりおに押し返すと、背を向けながら言う


「どうもしないけど、その香、出来れば使わんといて」


「どうしてですか?」


「分からんけど、何か嫌や」


上様とのお褥ではほとんど声も漏らさない御台様。


でも、この香が呼び起こす身体の記憶はどうだろう。

瀬奈様とのあの夜のこと、何も無かったように過ごされてはいるが、恐らくそれは見せかけ。


あの、子供のようにお可愛らしい御台様が、お心の内で人知れず、熱くなる身体の記憶を持て余しているのだとしたら・・・


上座に戻り、扇子で熱い頬を扇ぐひろむを見やり、りおは切なくなるような胸の苦しさを覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る