第26話

また相変わらずの日々に戻ったが、ここのところ瀬奈の姿を見かけないのが気になる。


朝の挨拶や総触れの際には現れ、滞りなく役目をこなしているが、どうも以前のようにひろむに絡んで来ない。


うるさいのが来なくて良いには良いのだが。


おそらく結婚の儀を境に、だろうか。

それまでひろむのやる事なす事に、何かと口を出してきた瀬奈が、あっさりと身を引いたような形に戸惑う。


本当に、上様とのお目通りを終えるまでの指南役、という事だったのだろうか。

ホッとする気持ちと、言いようのない寂しさ。


そしてまたあの夜のことを思い出す。


・・・やはり、軽蔑されているのかもしれない。

上様との夜のことにも幾分慣れてきた今、もう一度瀬奈と同じ夜を過ごしたなら、きっとあんな風にはならないはず。


あの夜、瀬奈の熱い眼差しと吐息に、嘘ではない何かを感じたひろむであったが、今となってはもう確かめる術がない。



瀬奈が施した、婚礼のための化粧。

鏡に映った顔は、ひろむの知っているものとはまるで別人だった。


いつも表情を表に出さない瀬奈の描いた顔に、ここまで色があるのが意外だった。

自分の顔ではあるが、見たことのない色香を感じ、ひろむはひとつ納得した。


あの夜、瀬奈がひと時も離さず見つめていたのは、この顔だったんだと。

自分ではない顔を持つ、もう一人の妖艶な女。


微笑む顔も艶やかで美しいと思った、瀬奈は目をそらしたが。



上様に従い、城で家老達の話を聞くことも増えた。


無論口出しは禁じられているが、各地で幕府討伐の動きが盛んな事。

病がちで政務に関心の薄い将軍はお飾り人形に過ぎず、実権は家臣達が握っている事。


そして、将軍となった今でさえも、各勢力の権力争いの道具にされている事が分かってきた。


前妻である宮家の姫君との婚姻を望む者と、望まない者。

地方勢力と縁の深い家のひろむとの婚姻を喜ぶ者と、疎む者。

将軍の血を引く世継ぎを待つ者と、そうでない者・・・


既に将軍が指名している、世継ぎ候補の養子を巡っての争いも水面下で行なわれており、幕府内でのゆうひの立場の危うさが不安だった。


代々、将軍正室は世継ぎを残していないと聞くが、自分が世継ぎを残す事で、ゆうひの立場や幕府の安定に繋がるのであれば、そうしたいとひろむは思った。


それが自分の生きる意味、役目なのかもしれないと・・・

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