Chapter 26

3月からスタジオで働き始め、6月くらいから二人の関係が始まり、確か9月か10月あたりから慰め合うようになった二人・・・


二人でクリスマスを過ごし、連休や正月は彼女が実家に帰省していたものの、もう何回会ったか数え切れないくらい彼女と過ごす日々が続いていたけれど、その間に、二人でいる所をどうやら兄弟子に目撃されてしまったようで、それ以来、兄弟子の嫌がらせが激しくなり、残業代の出ない残業ばかりを押し付けられるようになって、それがちょっとした衝突に繋がって、社長は引き止めてくれたものの、兄弟子がいる限りはもう続けられないと、1月の終わりにはスタジオを辞める事になる。

その辺りの顛末については、思い返しても不愉快な気分になるだけなので、ここには書かないでおこうと思う。


ただ、それがキッカケで彼女との関係がより深くなったのは間違いないけれど。



そして、彼女が勧めてくれた留学の資金を稼ぐ為に、2月から地元の大手重工会社で派遣の仕事を始める事になるけれど、彼女のと関係はまだ続いていた。

ただ、働く場所が地元のG県になってしまったので、彼女に会えるのは週末だけになってしまったけれど、週休二日の土日休みになった事もあり、金曜の夜から彼女のマンションに泊まって、土曜日は彼女がスタジオへ仕事に出てしまうけれど、その時間以外は日曜日の夕方に帰るまで、ずっと二人で過ごす、そんな生活に変わって行った。



そんな彼女との楽しい日々も、やがて終わりを迎える。


それはもう、ずっと前から分かっていた事だけれど、自分が次の目標に向かって歩き始めた事で、もう関係を終わらせなければいけない事は解っていた。


彼女も、お正月に実家へ帰った時に両親から早く身を固めろと相当強く言われたらしく、なんとなく以前のような明るさが消えつつあるのを感じるようになって来た。



ただ、別れの時が差し迫っている事を予感し始めたからか、逆にお互いにどんどん激しく求め合うようになって来て、それでまた余計に離れたくなくなってしまうとか、そんな感じでどんどん深みにハマって、もう彼女無しの生活なんて考えられなくなってしまっている自分がいる事に気付く。


会いたくて会いたくて仕方がないのに、会えば会うほど辛くなり、抱けば抱くほど手放したくないと、そんな切なさが込み上げて来る。


多分、これが彼女の言っていた「本気になる」って事なんだなと、気付いた時には時すでに遅し。


「本気になりそうになったら終わり・・・」というルールだったけれど、もうとっくにその段階を超えて、気持ちを抑え切れなくなっていた。


そして自分だけでなく、彼女自身も本気になってしまってる事にはもちろん気付いていたんだろうけど、お互いになかなか別れを切り出せないでいた。




そろそろ終わりにしないとね・・・という話が出なかった訳じゃ無いけれど、その度に話をはぐらかしてしまい、流されそうになってゆく二人。


でも、どちらかと言えば、自分の方は、最後はきっと彼女の方から切り出して来るだろうから、それまでは出来る限りこの関係を続けていたいと思っていたのはあった。


ただ、別れなければいけない事が解っていても、それをなんとか回避出来ないかとか、彼女がこのまま関係を続けたいと言ってくれないか・・とか、でもこのまま続けていたら二人共本当にダメになってしまう・・

というより、自分が今のまま、ずっと定職に就く事が出来ずに社会の底辺を彷徨い歩く人生になってしまう事への恐怖感や、そんな自分が彼女を幸せになんて出来るのか・・とか、もはやどうすればいいのか自分でもよく判らなくなってしまっていたと言った方がいいかも知れない。



日が経つにつれ、なんとなく口数も減って、抱き合ったまま静かに過ごす時間が多くなって来た二人。


お互いに何を考えているかはもう解っていたけれど、二人共なかなか決断出来ないでいた。



でも・・・最後は、やはり彼女の方から切り出して来た。


それは、4月中旬くらいの土曜日に、彼女の仕事が終わって、二人で食事をしてから、いつもより早くマンションに戻った時だった。


彼女の口数の少なさから、この日が最後になる事をなんとなく察していたけれど、自分がそれを察している事は、もちろん彼女も見抜いている。



そんな空気感の中で、ゆっくりと彼女が話し始めた・・・


「私が始めたんだから、やっぱり私から切り出さないとダメだよね・・・」


「すいません・・・自分からはとても言い出せなくて・・・」


「ううん、仕方ないよ。私が切り出すまでは、続けてあげようって気を遣ってくれてたんでしょ」


「・・・続けてあげようじゃなくて・・・続けていたい・・・です。」


「うん・・・ありがとう・・・・」



「私と会えなくなっても、大丈夫? 悔いは無い?」


「全然大丈夫じゃ無いですけど、二人で決めた事だし、仕方ないと思って半分諦めています」


「私も全然大丈夫って気がしないけど・・・どこかでキリをつけないとお互いにダメになっちゃうもんね・・・」



「あの・・・ずっと考えてたんですけど、二人で結婚を前提にまた付き合い直すってのは、ダメですか?・・・」



「私だって、本当はそうしたいよ・・・(泣)」



「でもね・・・女の人が結婚を決めるには、相手の事を好きだとか、性格や相性もあるけど、それ以上に、ちゃんと生涯の生計を立てられる人かどうかって所が一番重要なんだよ・・・」


「それは・・・結婚は現実って事ですよね・・・」


「自分が女性だったとしても、やっぱりそこをまず考えると思います・・・」


「でしょ・・・S君ならちゃんと生計を立てられるようになると信じてるけど、まだそのスタートラインに立ったばかりじゃん」


「今からお金貯めて、学校に行って、どこかの会社に就職して、結婚資金が貯まるまで待っていたら、本当におばちゃんになっちゃうじゃんね・・・」


「ハイ・・・」


「私には・・・それを待っている時間が、もう残されていないんだよ・・・」


「それはよく解ってます・・・けど・・・学校に行かずにすぐどこかちゃんとした会社に入れば、その期間を少しでも短縮出来ないかなって・・・」


「あんなに転職してたらさ・・なかなか普通の会社では雇って貰えないから、学校へはちゃんと行こうよ。そうしないとまた転職の繰り返しになって人生が終わっちゃうよ。」


「ハイ・・・それもそうだと思います・・・」



「でも、結婚まで考えてくれてたなんて、本当に嬉しい・・・(涙)」




「あの・・・ちゃんとした会社に入って、その時にKTさんがまだ独身だったら、結婚を考えてくれますか?」


「前にも話したけど、実家に帰った時に物凄く(早く結婚しろと)言われちゃったから、多分そこまで独身でいられないと思うんだよね・・・」



2月11日に26歳の誕生日を迎えた彼女には、もう後が無いという感覚しか無かったのだろうと思う・・・


そう言えばお正月以降も二度くらい実家に帰って会えなかった時があり、彼女は実家の手伝いとしか言ってなかったけれど、もしかしたら、その時にお見合いとか縁談の話をしてた可能性も無かったとは言い切れない。


いや、思い返してみると、なんとなく実家に帰った翌週は美容院に行って来たかのように少し雰囲気が違って見えてたから、多分そうだったんだと今更ながら思っている。



今でこそ30過ぎてから結婚するのは割と普通の事だけれど、その当時は、もう25を過ぎたら貰い手がいないだのなんだのと近所で噂され、親が無理矢理お見合いをさせてでも20代のうちに結婚させようと必死になるとか、そんな時代だったのだ・・・


男の自分ですら、30過ぎたら恥ずかしいと29歳で無理矢理結婚させられたくらいなのだから、女性の場合はもっとプレッシャーが大きかったのは多分間違いない。



「それにね・・・二人で決めた事なんだから、やっぱりちゃんとケジメつけよ・・」


「・・・・・・」


「・・・分かりました・・・」


彼女がそれを望むなら、もう仕方がないと思った・・・


そう・・・

彼女の中では「恋愛は夢の中の世界だけど、結婚は現実」なのだから、不安の無い未来をちゃんと見せる事が出来ないその時の自分との結婚なんて、彼女には考えられる筈がないのだ。



「大丈夫? あとを引き摺ったりしない自信ある?」


「あんまり自信無いですけど・・・それなりに覚悟はしていたので、多分・・・」



「じゃあさ、もう二人で会うのは終わりにするんだけど、電話で話すのはまだ続けてもいいから・・・それで大丈夫?」


「急に声まで聞けなくなっちゃったら、私も多分耐えられないと思うし・・・」


「逆に余計会いたくなってしまいそうですけど、でも自分も、いきなり声すら聞けなくなるよりはその方がずっといいです・・」


「会ったらもう歯止めが効かなくなっちゃうからさ、そこはお互い頑張ろ・・・」


「頑張ります・・・」



「ハイ、じゃあ「浮気された者同士の慰め合い」は、今日で解散だね(笑)」


「あれ?「二人の夢物語」に変わったんじゃ無いんですか?(笑)」


「もうどっちでもいいよ(笑)」


「そうですね(笑)」





「じゃあ、最後に・・・思いっ切り私のこと慰めてくれる?(笑)」


「え?・・・まだいいんですか?」


「今日で解散って言ったでしょ? 0時まで、あと3時間もあるよ♪(笑)」


「え・・・・じゃあ、覚悟してくださいね(笑)」


「フフフっ、S君も覚悟しといた方がいいわよ♪(笑)」


と、いきなり彼女に抱きしめられてキスをされた。


そして、午前0時になるまで、今まで以上に激しく愛し合い、

そのまま疲れ果てて、二人共寝てしまった。


多分、他のどのカップル達よりも濃密で深く、徹底的に愛し合ったと言えるくらい

激しく官能的な最終戦だったと思うけれど、

とにかく、二人はついにリミットの0時を迎えてしまった。


彼女は、名残惜しむかのように、最後の最後までずっとキスをしてくれて、

そして・・・何度も涙を拭っていた・・・

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